第20話 ”テオ叔父さん”
俺は夜道を新市街の実家へ向かって一人歩いていた。母とマルガレーテを馬車で送り出した後、マルガレーテのダンス相手に謝罪すると、例の”テオ叔父さん”について情報を集めたのだった。
その結果は、よく分からないというのが実情だった。彼の正体が分からないということではなく、どうも聞いていた話と合わない箇所があった。そもそも俺はマルガレーテの両親についてほとんど知らないのだった。
――父や母と情報を整理しなければ。
両親は書斎にいた。ダイニングだとマルガレーテが来るかもしれないからだろう。
何かを父に話していた母が書斎の戸口に立った俺の姿を見て椅子から腰を浮かせた。
「エル……!」
「たった今、戻りました」
「アンナから聞いたよ。テオがいたんだってね」父の声は落ち着いていたが、表情は冴えなかった。
長らく大商会の主人として数々の修羅場をかいくぐってきた父がこんな表情をするとは、よほどのことだと思った。
「その”テオ叔父さん”ですが……舞踏会の参加者に聞いたところ、現在の姓がハルマンではないそうなんです」
母は戸惑って父を見た。父はかすかに眉根を寄せていた。
「……ハルマンじゃない?」
「今はローウェルを名乗っています。去年、男爵の未亡人と結婚して婿入りしたそうです。数日前から旧都へ観光に来ていて、長い滞在ではないそうです」
「……再婚していたとは知らなかったな」父がため息まじりに言った。
母は絶句していた。
「そもそもマルゴの母親と離婚していたんですね」
「それさえもアンナの父の葬儀のときのお悔やみ文で知ったんだよ」
「お悔やみ文? 本人は葬儀に来なかったんですか? ……任務があって行けなかった俺が言うのも、なんですが」
それまで黙っていた母が堰を切ったように話し出した。
「エルとテオでは全然立場も状況も違うわ、あなたは気に負う必要なんてないのよ。ちゃんと後で行ってくれたじゃないの。あなたは”できることをしてくれた”。テオは”できるのにしなかった”の」
しばしの沈黙の後、父は口を開いた。
「”できるのにしない”。それが、テオをよく表している言葉だと思う。彼は育てられるのにマルゴを自身の両親に預けた。粗雑に扱うよりはよかったのかもしれない。だが、会いに行くわけでもなく手紙も寄越さず、気にかける様子も見せなかった。言い方は悪いが、マルゴを放置していたんだ」
それは初めて耳にする事実だった。俺は逡巡しながら尋ねた。
「……マルガレーテは、それを知っているんですか?」
「知らないはずよ。小さいときは、”お父様とお母様は仕事で外国に行っている”と説明していたの。マルゴを可愛がっていた父と母がこんな過酷な事実を伝えているとは思えないわ」
「マルガレーテがどこまで知っているのかも、不確かなんですか?」
父が頷いた。
「恐らく全ては知らないだろう。だが、今も仕事で外国にいると言う話を信じているかどうか……不自然だと思っていても、聞けなかった可能性はもちろんある」
「この期にマルガレーテに話しますか……?」
「まず、テオに会おうと思う。そしてマルゴをどうするつもりなのか確認しよう。その後、マルゴへの伝え方を考える。それでいいかい?」
母は頷いて賛成の意を示した。
「滞在先のおおよその当てはついています」俺は新市街にある宿の名前を挙げた。
「よくそこまで分かったわね」母が感心して言った。
「社交界の情報網ってやつです。伊達に踊って飲んでるだけじゃないんですよ」
「テオには私から連絡する。直接会うことになるだろうが、アンナ、君は止めておいたほうがいいと思う。テオは君に甘えがあるだろうし、今回我々は事務的に対応した方が良いと思う」
「エディ、あなた一人では侮られない? あなたは穏やかで上品だから」
「人数で不利というか、侮られる可能性はあるね。だから、エルも一緒に来てもらえないか?」
思わぬ言葉に俺は父を見た。
「俺ですか?」
「いるだけでいいんだ。エルが無表情でその場にいるだけで、相手は圧倒されて侮るなんてできないはずだからね」
「都合さえ合えば、それは構いませんが……本当に俺がいて状況が良くなりますか? 悪化しなけりゃいいんですが……」
両親が同時に答えた。
「口を開かなければ大丈夫よ」
「エルは意外と落ち着いているから、変なことにはならないと思うよ」
こうして、マルガレーテの父親との面会には初対面の俺も立ち会うことになったのだった。




