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宛先のない手紙 ~私と旧都の紅大尉に託されたもの~  作者: 井ノ上 杏
第二章

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第16話 セスの婚約

 マルガレーテのお目付け役になったせいで、このシーズンは舞踏会に出ずっぱりだ。

飲み物の調達に訪れた休憩室は混雑していた。セスはマルガレーテとアシュトン嬢に空いている椅子を見つけてやり、俺は混雑の中シャンパンの確保に向かった。

セスが後からやってきて「レディたちはレモネードをご所望だ」と言った。


「セス、後でマルガレーテのダンスの相手をしてやってくれないか」

「ああ、いいよ。だが今後、俺以外の相手を探してもらったほうがいいな」

「子どもの相手は嫌か?」

俺は不機嫌になるよりむしろ同調するつもりで聞いたのだが、セスは首を振った。

「違うよ。ダンスを控えようかと思っていて」

セスの言わんとすることを探ろうと視線をそちらへ向けたが、ちょうどシャンパンとレモネードが準備されたのでそれ以上聞けなかった。


 俺達は飲み物をこぼさないように周囲に目を配りながらグラスをマルガレーテとアシュトン嬢の元に運んだ。二人は何やら盛り上がって話しており、俺がいなくても平気そうだった。飲み物も渡したし、少しくらい離れても構わないだろう。

「混雑しているし、こっちへ行こう」俺はセスに休憩室のテラスを目で示した。


「暑いくらいだな」

セスがテラスの柵に腕を乗せて夜空を見上げた。

「今夜は満月か。やたら大きく見えるな」

俺はセスの隣で背中を柵に預けて尋ねた。

「で、なんだよ。ダンスを控えるって」

「ああ……やっぱり聞き逃してもらえないか」

俺はセスに視線を向けたまま黙ってシャンパンを口に含んだ。


 セスは俺をちらりと見た後、再び正面に視線を動かすと空中に向かって淡々と言葉を発した。

「正式な発表はこれからだが、実は婚約するんだ……プリシラと。舞踏会への参加自体、少なくなると思う」

俺はまじまじとセスを見つめた。

「……嘘だろ?」

「こんな嘘をつく理由があるか?」

「なぜ? 早すぎるだろ。何か理由があって急いでいるのか?」


 セスは苦笑した。

「結婚は人生の墓場じゃないよ。むしろ人生の春なんじゃないか?」

「社交界では終わりに等しいだろ」

「”社交界での死”か……”新たな人生の始まり”かもしれないぞ」

「お前、そんな家庭的なやつだったのか?」

「十も下の従妹には結婚相手を探しているのに、同期が婚約するのはそんなに驚くのか?」

セスの言うことは理解できた。セスじゃない男なら単純に祝福できるのに、今は納得できなかった。


「……もったいない気がして」

「まだ遊べるのに?」眉を下げてセスが微笑みながらシャンパンのグラスに口をつけた。

「違う、お前にふさわしい女性なんてそうそういないと思っていたから」

その言葉に、セスがこちらを見た。俺がどんな表情をしていたか分からない。恐らくひどくショックを受けた顔をしていたんだろう。


 俺達はそれぞれ正面を見つめて、思い思いにシャンパンを口に運んだ。

かなりの沈黙の後、セスが口を開いた。


「プリシラがお前に惚れるんじゃないかと、気が気でなかったよ」

「お前が婚約するくらいだから、きっと素晴らしい女性なんだろうな」

「今更、止めてくれよ」

「そういう意味じゃない、褒めたつもりだった……。それに、俺は他人のものは盗らない。揉めるから」

「倫理観のある社交界の寵児だな」


 セスの軽口に言葉を返す気になれなかった。

なぜだろう。親しい友人の婚約なのに納得がいかないなんて。

驚いて茶化すより、なぜか寂しさが勝ってしまうなんて。

セスの横顔にわずかに影が差したように見えて、俺は自分の身勝手さに罪悪感を覚えた。


「祝い事に水を差してすまない。おめでとう、セス」

俺は微笑んで、セスに向かってグラスを上げた。

セスは口端をわずかに上げると小さく頷いてそれに応えた。

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