第14話 孤独な老人の最期
遺書が託されてからしばらくして、エルストナーが新市街の実家に姿を見せた。彼は珍しく黒っぽい地味な服を着ていたが、落ち着いた雰囲気も意外と似合っていた。彼はため息をつくとダイニングの椅子に腰掛けた。
「あなたもお茶飲む?」私の問いかけに彼は無言で頷いた。
あの件で一瞬彼の怒りの矛先は私に向けられたが、彼は諦めたのか「そのうち住所を調べて返しに行く」と言ったのだった。エルストナーは厳しそうに見えるが、本気で怒ることは滅多に無い。
お茶を注いだカップを差し出しながら私は尋ねた。
「何か用事があったの?」
「あの”老大佐”の家だ。弔問に行っていた」
「家が分かったのね! ……え? 弔問?」
「亡くなったんだ、数日前に」
私は口をわずかに開いたが、言葉が何も出てこなかった。
「あの遺書を返しに行ったが、財産管理人しかいなかった。……遺族はいないらしい」
「それじゃ、結局どうしたの?」
「ここにあるよ」
彼は胸元から出した例の遺書をテーブルに置くと、憂鬱そうな表情で頬杖をついた。
「返す相手がこの世からいなくなってしまったのでは、どうしようもないな」
*
アロイス・ライナー上級曹長の家はこじんまりとしたフラットだった。小綺麗に整頓された部屋の中には軍の記念品が所狭しと飾ってあった。
彼の最期は何の前兆もなく訪れたらしい。前日までいつも通りに過ごしてベッドに入り、そのまま永遠の眠りについたのだと対応した財産管理人は言った。友人たちは先に逝き、結婚していなかった彼には親戚らしい親戚もおらず、葬儀はすでに済んだとのことだった。
――苦しまなかったのは、神の慈悲だったのかもしれない。
どこか孤独そうな姿を思い出すと、そう思ってしまうのを禁じ得なかった。
送られてきた遺書を返したいと財産管理人に告げると、ライナー氏の遺書なのかと驚かれた。彼の古い友人の遺書だと説明すると、今度は訝しげな顔を向けられた。
何とか財産管理人に預けようとしたのに、そんなものは知らぬ存ぜぬ、故人の渡したものを勝手に受け取れない、と頑なに言われた俺は諦めて帰るより他なかった。
――俺も受け取れないと断れたらよかったのに。
受け取ったのは俺ではないし、いつもいない実家の方に届けられたのだからどうしようもなかったのだが、今更ながらに面倒事に巻き込まれたことが悔やまれた。
「それ、どうするの……?」
責任を感じたらしいマルガレーテがためらいがちに聞いてきた。
「軍の資料室に伝手があるから、調査してもらえるか聞いてみる」
「ああ……よかった! 本当にごめんなさい、エルストナー。こんなことになるなんて、私思ってもなかったの」
子どものように素直に謝るマルガレーテに文句など言えるはずもなかった。
「……俺だって思ってもみなかったよ。もういい、気にするな。後は俺が何とかするから」
「エルストナー、あなたって本当に頼もしいのね」
そんな言葉で喜ぶほど単純じゃなかったが、まあ悪い気はしなかった。
――待てよ。マルガレーテはこれまで散々俺の世話になっておいて、今更、頼もしさを実感したというのか?
俺の内心など知らずにマルガレーテは紫水晶のような瞳を輝かせて俺を見つめるのだった。




