第5話 奇跡の旅立ちへ
私はバスの運転手。
だが、最近、この仕事が嫌になり始めている。
今日も、アニメの痛車バスで勤務だが、このクソアニメは、私をうつ病にした原因の半分近くを占めている。
唯一の救いは、今日は午前中のみの仕事で終わり、今日の午後から有給含めて明後日まで連休なのだ。
一旦、自宅アパートへ帰宅して、昨夜の内に用意していたカメラバッグと、着替えを入れたリュックを持ち、身なりを整えて、愛車のS660に乗り込むと、一路、国道50号を東へ向かって走り、桐生の町にある、ノコギリ屋根の織物工場だったレンガ造りの建屋を改装したパン屋で昼食を腹に入れ、両毛線に沿って、足利、佐野と言った町を抜け、岩舟の辺りで、大平山天文台のある太平山が見えて来た。「スペーシアクロスロード」の世界にはこの山に天文台があるけど、現実には天文台は無い。
街道を逸れ、太平山を上る峠道を駆け抜ける。
峠道を攻め込むのは、私のHONDA S660にとって数少なくなった本領発揮の場だ。
(ホームコースを追われ、燃料価格の高騰や維持費やら、その他諸々から、サーキット走行もままならずか。スピード捨てて、推しの布教に振る。まるで500系新幹線だな。)
ラデッキー行進曲を聞きながら、太平山神社の鳥居前から栃木の町へ向かって降りて行く時、私はそんな事を思った。
環状線を越え、蔵の町が近付いてくる。
ここまでは、いつもと変わらない栃木の町。
私は「スペーシアクロスロード」と「時計仕掛けの転移恋歌」という作品で、この町を舞台にしたが、現実の町ではなく、並行世界の町として描いた。今、「スペーシアクロスロード」の世界のキャラクター達に招待されて、栃木の町へやって来たが、そうなると町はどうなるのだろう?
普段の街並みのままか、或いは小説の世界の大正浪漫な街並みになるのか?
(普段の町でも大正浪漫な雰囲気を味わえるが、更に濃くなるのかも。)
期待しながら巴波川の畔に着いてみれば、何も変化なし。
なので拍子抜けするとともに、がっかりした。
軽く、川を挟んだ対岸の蔵を背景に、私の車の写真を撮影して、うずま公園の駐車場に車を停め、一応、連絡してみる。
電話口には里緒菜が出た。
「今着いたの?じゃぁ、ミツワ通りの喫茶店で待ってて。」
と言われた。どうやら、庄屋の仕事でドタバタしているらしい。少ししたら、喫茶店に迎えに来るらしい。
本当に来るのか?
ミツワ通りの行き付けの喫茶店は、「スペーシアクロスロード」で、ルナとアイルが行く喫茶店として登場している。その喫茶店に入り、ルナと同じく、紅茶を頼む。
―――
ルナは紅茶を頼む。
「ガムシロップを入れてみてください。ここのガムシロップは少しバニラエッセンスの風味があっておいしいのよ。」
アイルはカフェオレにガムシロップを入れながら言うので、ルナも入れてみる。なるほど。確かに、さわやかな甘さを感じる。
―――
そんな事を書いた。
私も、紅茶にガムシロップを入れて飲むことが多く、そのため、この喫茶店のガムシロップが美味しいと分かり、そんなことを書いたのだ。
喫茶店の扉が開いた。
下へ行くにしたがってウェーブがかかる腰のあたりまで届くストレートヘアに、青いリボンの髪飾り、そして明るく活発な感じの顔を持つ女性がやって来た。
「はじめまして?といっても、私も、貴方の事知っているわ。」
「鉾根?」
「あら、いきなりため口?」
白百合姉妹の長女、白百合鉾根は吹き出しそうになりながら、向かいに座って、カフェオレを頼む。
「ウララちゃんを連れて行こうとしたけど、お仕事。私は病魔が巣食ってるから、あまり前に出られず、隠居状態。庄屋のお仕事が少し落ち着くまで、一緒しましょう?」
鉾根を病魔が襲っているという設定にしたのは私だ。
その鉾根が、目の前で明るく振舞っている。
「私の事は「スペーシアクロスロード」よりも前から書いていたね。」
と、鉾根。
「初登場は、「時計仕掛けの転移恋歌」だった。エレナが―。」
「里緒菜に拾われたエレナが、この町へ来たお話で、メインは里緒菜とエレナ。その後の「スペーシアクロスロード」でも、私はちょっとだけ登場したけど、病魔の話は敢えて少なめ。」
「話の雰囲気、重くしたくなかったから。逆にウララがうんざりするほどの愛情を注ぐ存在として―。」
「それでいいわ。ウララちゃんにも、病気の話、してないから。私の余命の事、ウララには話さないで。絶対に。」
明るいお姉さんの鉾根が、暗く低い声で言う。
それは、妹を苦しめたくないという姉としての思いが垣間見えた。
妹が好きすぎる、頭のイかれたお姉さんと描いた。そして、その背景には、病魔が巣食っているという裏設定も設けたのだが、それが、この姉を儚い物にしているように思えた。




