第21話 風呂会談
半露天風呂は、宇奈月国際ホテルと、碓氷峠の日帰り温泉の五右衛門風呂を組み合わせたように描き、半露天風呂のある部屋は碓氷峠鉄道文化むらに保存されている12系お座敷列車「くつろき」の内装をイメージした物だ。
シャワーで身体を洗い、温泉を引いた半露天風呂に入ると、「時計仕掛けの転移恋歌」における、エレナと里緒菜のシーンを思い出す。
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湯船の中で、里緒菜は桶に入れて浮かべたワンカップ酒を、冷や奴を肴に嗜んでいる。
その横で、エレナはスナック菓子とオレンジジュース。
まるで、年の離れた姉弟が混浴しているようだ。
「あぁ、この時間が溜まりません。」
里緒菜は夢見心地だ。
「あの―。」
と、エレナは口を開く。
「なんれしょう?」
「呂律回らなくなる前に言わせてください。自分は、里緒菜さんが好きです。」
「あらぁ?」
「なので、元居た世界に戻りたくないです。里緒菜さんと一緒に、星空を眺めながら、この世界で生きていきたいのです。自分自身の勝手な事ですが―。」
「フフフフッ」
里緒菜は微笑む。
「私も、エレナが元居た世界に戻る事は嫌ですねぇ。私も、同じ事を思いまふ。」
「でっでは―。」
「ただし、条件があります。」
「条件?」
酔いが回りつつあったように見えた里緒菜だが、突如として、普段の凛とした真面目な科学者の顔になった。
―――
「時計仕掛けの転移恋歌」の52話のワンシーン。
この後、里緒菜とエレナは結ばれるのだ。
「でっ、アイルさんが生まれたわけですね。」
ルナはその話を聞いて笑っている。
「あの―。」
ルナはどうするか迷っている様子だ。それでも、意を決したらしい。
「もし、嫌でなければ教えてください。私は―。月詠ルナという人間と、「スペーシアクロスロード」の物語はどうして生まれたのですか?」
私は一瞬の間を置いた。
そして、エレナ達に話した事と同じ事をルナに話して、「スペーシアクロスロード」の生まれた背景を話す。
もう一度同じ話を書くのは重複になるが、私の世界が―。
前橋が崩壊したこと。
車の世界が壊れた。
人間関係が壊れた。
そして、気が付けば、私の住む町の空気までもが、私の居場所では無くなっていった。それが、私にとっての、前橋崩壊だった。
車―。人―。そして、アニメ―。それらが私の心を蝕んでいき、何も信じられなくなった。
それを話す。
だが、話しながら自分でも分かっていた。
これは、ルナの問いに対する答えにはなっていないと。
月詠ルナという登場人物はどうして生まれたのか。
のぼせ気味になって来たので、風呂から出る。
湯気の中で、さっきの会話が頭の中をぐるぐると回っていた。
浴衣に着替えていたら、アイルも大浴場から戻って来た。
「そろそろ、お話の核心の頃かと思って。ルナの生まれた理由、そして、私の生まれた理由。教えて欲しい。お父様とお母様のまぐわいの結果生まれたのではなく、なぜ、私が生まれたのか―。そこに、私とルナの未来があると思うから。私は、ルナを愛しているのです。失いたくないのです。未来を知る事は出来なくとも、せめて―。せめて、生まれた理由を聞かせて。」
アイルが懇願する。
縁側のソファに座る。この縁側のソファも、碓氷峠鉄道文化むらに保存されている12系お座敷列車「くつろぎ」のソファをイメージした物だ。
窓の外の鬼怒川温泉駅の様子を見ながら「何から話すかな」と、溜め息交じりに私はつぶやいた。
正直なところ、ルナとアイルがどう生まれたか理由を聞かれても答えようがないのだ。だが、少なくとも、名前の意味なら答えられる。
「正直に言うと、どうして二人が生まれたかまでは、私も分からない。綺麗な理由なんて後付けだ。気が付いた時、ルナはそこに居て、アイルもそこに居た。」
私の前置きに、ルナは息を呑む。
「それでも―。それでも構わない。理由の意味を知りたい。」
アイルが前のめりになって言う。
「では、まずはルナからいこう。結論から言うと、ルナは―。私の理想だ。」
「理想?」
ルナが首を傾げる。
「暗闇を照らす月明り。何も見えなくなった時、かすかにでも、進む方向を示してくれる存在。しかし同時に―。夢を失って、世界を失って、彷徨う影を持つ。光だけではなく、月の裏側のように、誰にも見えない絶望をも抱えた姿。だからこそ月の神様、月詠と月を意味する、ルナを名前に当てた。光と影。その両方を抱えた存在。理想と絶望が同時に存在する象徴として、ルナは生まれた。」
ルナは私の話に、納得したのかしていないのか、分からない。
ただ、理解しようとしているのは分かる。
「もう一つ。」
私はコーラを口に含みながら言う。
「月へ向かって行く宇宙船「アルテミス」やJAXAの「ムーンスナイパー」や「LUPEX」のように、未来へ突き進む存在でもある。言うならば―。」
「スペーシアXですか―。」
ルナが言うのに、私は頷いた。
「そう。どんなに闇の中でも、レールの先へ―。線路の彼方へ向かって進む力。それが、月詠ルナ。」
「私は、そんな存在ではありません。」
ルナは首を横に振るが、
「強いよ。だって、私の光となったから。」
アイルが微笑む。
「そう。アイル。そして、アイルもまた、月を照らし、世界を照らす存在。過去から現代へ繋がる象徴。私の世界のSL大樹のように、時を越えて走る象徴。しかし、アイルもまた、周囲との軋轢で傷ついて、閉じこもった。岩戸の中に隠れた太陽だった。」
「天岩戸。天照大御神。」
ルナが言う。
「あぁ。」
「否定出来ないわね。」
アイルは項垂れるが、
「でも、天岩戸を空けたのは―。」と、ルナを見る。
「そう。ルナだよ。世界を失って、彷徨っていたルナだった。ルナを見て、アイルは天岩戸から出て来て、ルナを照らす存在となり、それがやがて世界を照らす象徴となり、夢を失ったルナを、自分の世界へと導く太陽神となった。そして、そんな2つの象徴が重なった時、物語が始まった。」
私は、今や物語の象徴となった、SL大樹とスペーシアXが本線上で横並びに並走しているような写真を見せる。
「この写真は、世界の始まり、いや、宇宙の始まりのようですね。」
ルナは頷いた。
「でも、いつまでも私は、影の中では―。」
「いい。」
アイルは微笑む。
「影があるから、光が意味を持つ。ルナがルナである限り、私はルナと、ルナの生きる世界を照らし続けるわ。」
「-。ずるいです。そんな事を言われたら、私は、アイルさんから離れられませんよ。」
「あら?私は、最初から、離すつもりは無いですわよ?」
アイルが優しく微笑む。
それは、里緒菜が私に向けた優しい笑みに似た物だった。
(やはり、親子だな。里緒菜さんとアイルさんは。)
私は頷いた。
「こちらから少し聞きたいが―。」
私はルナに聞く。
「月へ行く夢、まだ持っているか?」
ルナは「そうですねぇ。」と小さく溜め息を吐く。
「まぁ、行きたいとは思いますが条件付き。アイルさんも一緒に。」
つまり、ルナは月でなく、アイルを選んだと言うことだ。
「出来れば、アイルさんと一緒にお月見したいのですけど―。気を使ってか、機関区の夕食会で、月を見ていると、アイルさん、寄って来なくて―。」
それを聞いてアイルは「えっ?」と驚いた。
「入って、良かったの?」
「構いません。いつも待っていたのに―。なので、寂しかったですよ。おかげで何度、「アポロ13」のジム・ラヴェルの真似をしたことか―。」
「珍しいわね。ルナが拗ねてるなんて。」
「入って来てください。一人で月を見上げるのは寂しいですから。」
ルナとアイルの会話を、私は黙って見守っていた。




