第20話 大戸旅館
夕食の後、ルナの運転するAE86で鬼怒川温泉に向かう。
「スペーシアクロスロード」の作中で、ルナはアイルの世界で紺色に黄色、または金色のラインかカフスボタン付きの外套、或いは紺色の作務衣を着ているというイメージであったが、正に今、ルナは、紺色を基調に腕のところに2本の金色のラインが入った外套を身に纏って、AE86を操っている。
大正浪漫のイメージの服装の人物が、「ゴミ」だの「化石」などと罵られるポンコツスポーツカーを操っているのはどうもバランスが悪いように見えるが、実際にはまとまって見える。このごちゃごちゃした具合が、私のイメージする世界なのだ。
「ワールドスクウェアの先のスーパーか、鬼怒川温泉のコンビニか―。ヤマトは希望有ります?」
助手席からアイルがリアシートの私に振り返って聞く。
アイルは紅い半纏を着ている。
アイルのイメージは紅い和服か洋服を着ているイメージだけに、半纏を身に着けた姿は新鮮だ。
「時間的にコンビニにしましょう。」
私はスマホの時計を見て言う。まもなく、20時になろうとしているところだった。西の空に見えている月は、かなり高度を下げていて、ルナは時折、そちらを見るが、アイルの横顔を見ているのか、月を見ているのか、私には分からない。
「小佐越通過―。次は東武ワールドスクウェア。」
AE86のシフトチェンジをしながら、視差歓呼の真似事をするルナは機関士になり切っているようだった。
「遊んでる。」
アイルが「プッ」と笑う。
「ルナは機関士になるつもり?」
思わず聞いてみる。
「機関士課にいずれは行こうかなとも思っております。勤務体系について、DLについてはつるぎさんから、SLについてはつばささんから話を聞いてますが―。どちらからも、近く新設されると噂されているEL課を勧められてます。」
ルナは、バックミラー越しに私を見ながら言う。
そう言えば、「スペーシアクロスロード」は大正浪漫の雰囲気を優先したため、東武博物館に足を運んで資料を集めたにも関わらず、その資料の半分は使わずに終わっていた。
その中には、人気のあった東武350系も含まれている。
東上線や野田線のように、物語とは関係ない線区ではなく、日光鬼怒川地区を走った車両なので、上手く入れられる余地はあったかもしれないが―。
そして、東武鉄道と言えば大手私鉄で最後まで貨物列車が走っていたが、これについても、電気機関車の資料こそ集めたが、登場したのは日光軌道線の電気機関車だけだった。
「電気機関車に乗るのか?」
思わず聞く。
「ええ。下今市機関区、或いは南栗橋車両管区新栃木派出に電気機関車の機関区が新設され、B1型の貨物運用を置き換えると―。現に、旅客列車は観光準急「大樹」の他は全部、DL牽引か電車に置き換えられました。貨物列車の蒸気機関車も時間の問題です。イギリス製の電気機関車が、どこかから押し付けられて来るとか来ないとか―。下今市機関区に来たら、つるぎさんあたりが勝手に組み立てそうです。」
ルナが少し笑って答える。
ルナの話からして、恐らくED10型電気機関車が下今市機関区に来るのだろう。そして、現場の人間が勝手に組み立てるのも、ED10型のエピソードと合致する。
(大正浪漫の世界でありながら、電化が進む鉄道。そんな描写をした覚えは無いが―。)
自分の作品を思い出す。
(「時計仕掛けの転移恋歌」で里緒菜とエレナが日光旅行した時に乗った急行列車は蒸気機関車が牽引していたのに対し、「スペーシアクロスロード」でルナとアイルが栃木から日光へ向かう時に乗った準急列車はディーゼル機関車が牽引していたから、ペースこそ遅いがこの世界も電化や無煙化が進んでいることは示唆されていたな。ただ、ED10型は入る順番が違うような気もするけど。)
私が頷いた時、東武ワールドスクウェアを通過し、東武鬼怒川線の陸橋を渡って鬼怒川温泉の町の明りの中へ入った。
コンビニに一旦立ち寄って、スナック菓子とジュースと明日の朝食を買うが、アイルはどさくさ紛れに酒を買っていた。
「里緒菜さんの血が濃くて―。お酒飲み過ぎると絡みますよ。」
ルナが苦虫を嚙み潰したように言う。
私は、栃木の庄屋で里緒菜が「アイルがアルカリイオン水でウーロン茶を淹れてくれとうるさくて」と言っていたのを思い出した。
「今日くらいいいでしょう?ゲストも一緒なのだから!ぱぁーっとね!ヤマトは―。」
アイルが言うのに私は本気で首を横に振った。私は酒が飲めない。
「あっ!ごめんなさい私だけ―。」
「構いませんよ。好きな物飲めば。ただし、人に迷惑かけないように。」
「人に迷惑」のところで、私は暗い事を思い出した。
だが、この場で言わないよう、そして、顔に出さないように努める。
大戸旅館は内装に関して、あちらこちらの旅館をモデルにしたが、鬼怒川温泉に特にモデルにした旅館は無い。場所も適当に鬼怒川温泉の駅近くとしか定めていないが、行ってみるとそこは、有名なホテル三日月のある場所だった。
チェックインを済ませて、部屋に入ると、既に布団が敷いてあった。
和室の部屋で、縁側もある。
また、半露天風呂と堀炬燵のある小部屋も付いていた。
(里緒菜とエレナがまぐわいを交わした、准尉クラスの部屋?)
私は部屋を見回して思う。
「時計仕掛けの転移恋歌」で、大戸旅館の部屋のクラスが大きく分かれていると描いたが、それで描いたのは准尉クラスだけだった。この部屋は、宇奈月国際ホテルの物をイメージした物だったが―。
「あらっ?半露天風呂のお風呂が沸いてますわ!」
鬼怒川に向いた半露天風呂を覗いていたアイルが驚く。
「五十里課長、気を使って風呂沸かしておいてって頼んだのかな。社割で泊るような中の人間相手に―。」
ルナは(申し訳ない)と思っているようであるが、私の方に振り向くと「大浴場に行きましょう。アイルさん、何するか分かった物ではありません。」と小声で言う。
「アイルさん。私とヤマトさんは、大浴場に行きます。」
「えっ?でも―。私が、お風呂出たかどうか、分からないでは無いですか?逆に、私が大浴場で、ルナとヤマトがこちらの方がよいのでは?さすがに、ヤマトがいる前ではちょっと―。」
アイルは顔を赤めて言う。
「-。では、そうしましょう。」
ルナが頷くと、アイルは自分の着替えとタオルを持ち、大浴場へと行く。
「なんか、嫁さんを追い出しちまうようで嫌なんだよな―。」
ルナはそれを見送りながら溜め息交じりに言った。
ルナは黙って、半露天風呂の湯加減を確かめて、タオルと着替えを用意する。
私には、アイルの背中だけが、妙に寂しく見えた。




