第19話 機関区のケンカと夕食会
列車は大谷向駅を通過する。
5700系の特急列車とすれ違うと、C11‐325が汽笛を鳴らして大谷川の鉄橋に差し掛かる。
―――
「まもなく、この列車の終点、下今市駅に到着いたします!」
アイルも続いて、
「皆様、車内にお忘れ物、落とし物なさいませんよう、御手回り品もう一度ご確認ください。」
そして、二人並んで―。
「本日は、観光準急「大樹6号」ご乗車いただきましてありがとうございました!」
車内へお辞儀をすると、
「ボォーッ!」と長い汽笛が聞こえてきた。
汽笛の音は、夕陽暮れなずむ日光鬼怒川地区の空へ、町へ、そして、ルナとアイルの心の中へ溶けていった。
―――
そんな事を、「スペーシアクロスロード」の最終エピローグで書いた。
その場面を書いたのは、まさにこの列車のこのタイミングだった。
アドリブだった。
「スペーシアクロスロード」と言う物語を通して、一緒に旅して来たルナとアイルに、日光連山を見せてあげようと思って行った事だった。
そして今、目の前でルナとアイルは物語と同じような事をしていた。
「本日は、観光準急「大樹6号」ご乗車いただきましてありがとうございました!」
ルナとアイルが車内へお辞儀をすると、汽笛が聞こえ、「ハイケンスのセレナーデ」のチャイムと共に、御坂車掌の車内放送が始まり、終わるタイミングで列車は下今市駅に到着した。
「では、機関区の方で待っててください。話は通してあります。入る際に切符を見せてください。あと、多分、ケンカ始まります。私はDE10の、つるぎさんが勝つ方に賭けます。」
ケンカと賭けの部分はかなり小声で言ったルナ。
列車を降り、ルーティーンであるアテンダントへの挨拶回りをすると跨線橋を下今市機関区の方へ向かう。
下今市駅も下今市機関区も、「スペーシアクロスロード」の世界の物になっていた。機関区の扇形庫は3線ではなく9線あるかなり大掛かりな物になっており、機関区に居るのはC11だけでは無く、B1型やC型タンクといった、現代では走っていない蒸気機関車も居る。
側線に客車を入れて、機関車が機関庫に入る。
蒸気機関車C11‐325が先に入り、続いてDE10‐1109号機が入り、それぞれの仕業終了点検を終えると、DE10の機関士がC11‐325の機関士にいきなりドロップキックを食らわせ「テメェ鬼怒川でちゃんとブレーキ緩解しろよ馬鹿!」と怒鳴りつける。
「うるせぇ!お前こそ押すな!どんだけこっちが痛ぇと思ってんだよ!」
C11‐325の機関士も怒鳴り返す。
「なんで保ちで「ぶっ!」なんて、屁みてぇな汽笛鳴らすんだ!分かんねえよマスコン入れていいのかダメなのかが!」
「近所迷惑でクレーム喰らうの誰だと思ってやがる!」
「なんだとこの野郎!」
ドッタンバッタンのケンカが始まった。
「それ始まった。」
ルナが私の隣で言う。
「DE10の方がつるぎ―。小岩剣で、C11‐325の機関士がつばさ―。三奈美つばさ。機関助手が美佐島ひたち―。」
私はケンカしている機関士達の名前を言う。
「あの人たち、互いに下の名前で呼び合っているし、俺―。失礼。私も、下の名前で呼んでます。ちなみにあちらからは、最初からルナと呼ばれてます。ちょっと火に油注ぐとしますか。」
ルナはニヤリと笑うと、
「鬼怒川温泉発車時のショックがデケェとクレームが入りました!現に、転倒事故が発生しました!訴えられたら国交省の監査ですね!」
などと、転倒事故は起きてなどいないが、私が転びそうになったことを引き合いに出して言う。
「バカ野郎!」
「つるぎ!お前が―!」
「いや、テメェだボケ!黙って見てたけど!」
「ひたち!分かってんならちゃんとつばさに言えコラぁ!」
美佐島も加わって更に派手な殴り合いのケンカになり、悪ノリでルナも加勢するが、一瞬振り返って「ヤベッ」と言い、物陰に隠れようとしたが一歩遅く、ルナはアイルに首根っこを掴まれる。
アイルは「ゴホン!」と大きく咳払いをする。
「確かに今日の鬼怒川発車は酷い揺れでした!蒸気機関車側、ディーゼル機関車側両者に責任があります!理由は簡単!列車を動かす機関車を動かしているのは、機関士さんだからで、どっちの機関車が悪さしたとか関係ありません!息が合っていなかったからです!」
怒鳴り付けるアイルの声に、ケンカも一瞬で終息した。と言うより、アイルの後ろに、石原と小前田も控えていて、これ以上何かしたら皆殺しにするぞという圧を感じてケンカどころではなくなったと見える。
「それからルナ?賭け事していたみたいね。」
ルナの首を絞めるアイル。
「点呼ほっぽり出して、ケンカに加勢した挙句、どちらが勝つかって賭け事とは、良い度胸ね。皆さんの見ている前でお仕置きしないと。」
「グキッ」と、ルナは首に絞め技を喰らって悶絶させられた。
「機関士さん。車掌さん。ケンカは点呼の後にするか、他所でやってください!まして今日はゲストもいるのですから。」
アイルは私に視線を飛ばして言った。
「ごめんなさいね。お見苦しい物を見せて。何かジュース飲みながら待っててください。」
アイルは500円札を私に渡すと、ルナを引き摺りながら機関士、機関助手、車掌、それから他のアテンダントと共に、詰所へ向かって行った。
(女性が強いという世界。あの光景を見ていると、よりそれを実感したな。男所帯の職場も、アテンダントの一喝であのざまだ。)
「スペーシアクロスロード」でルナの上司になる五十里課長や川治がルナの身を案じるシーンを思い出しながら、SL展示館の自販機で自分用のお茶と、ルナの大好物であるミルクセーキを買い、トイレで小用を達して機関区に戻ると、後ろから点呼を終えたルナ達もやって来る。見ると、大柄な大男が、台車に寸胴を乗せているのも見えた。大柄な大男は五十里課長だろう。
そう言えば今日は金曜日だ。
「スペーシアクロスロード」で、金曜日の夜には機関区で有志が集まってカレー会をやっていると書いたが、まさかそれを見られるとは思わなかった。
「ヤマトの分もありますよ。五十里課長は海上自衛隊の給養員上がりで、金曜カレーを始めたのも、五十里課長ですわ。」
アイルが微笑みながら言う横で、ルナはさっきの懲罰的な扱いで、5キロ近い米を担いでいる。
「助けて―。」と、ルナは涙目で言うが、
「ダメです!点呼をほっぽり出してケンカのどさくさ紛れに賭け事なんて―。仕事しなさい!」
と、アイルに尻を鞭で叩かれながら一蹴され、五十里課長もその隣で苦笑いを浮かべていた。
五十里課長がカレーを温めている間に、ルナは一人、米を焚いている。
「無洗米なだけ、ありがたく思いなさい!」
もう一発、ルナは鞭で叩かれる。
「何?まだ何か言いたいの?もっと激しく、お尻を叩きましょうか?」
ニヤリと笑いながら、アイルが鋭く、獲物を追うような目でルナに言う。
(あぁ、最初のアイルのイメージはこんなおっかないイメージで書いたな。)
と、私はそれを見て思った。
「これ飲んで元気出して。」
私はさっき買った、ミルクセーキをルナに渡す。
「ありがとうございます。」
ルナは受け取ると、一気に飲み干した。
「アイルさん、優しいですけど、ちょっとでも変な事したり、ふざけると直ぐに怒って―。怒られるの、嫌いじゃないですけど―。」
そうは言うけど、ルナは笑っていた。
やられ役というのか、ただのドMなのかは知らないけど。
「あまり浸水してないですぐに炊いてしまったので、めっこご飯ですけど―。」
私に気を使ってか、ルナはそんな事を言う。
「構わないよ。」と言いながら私は、機関区を見回す。
カレーを作っている間、他の機関士や整備士たちは機関車の点検整備に勤しんでいる。
ブレーキの件でケンカしていた三奈美つばさ機関士は、妻でアテンダントの持田明里と何か話しながら、ヘッドマークを磨いている。
「お皿くらい用意するよ。」
思わず私は言う。
「あっ、では、今市バイパスのエネオスまで行って、私のAE86に燃料入れて来てください。先ほど、五十里課長が鬼怒川温泉の大戸旅館の部屋、手配してくれました。ただ駐車場が1台分だけしか確保出来なかったので、私のハチロクに乗り合わせで―。うっかり、私が燃料入れそびれてしまいましたので、アイルさんにバレると何されるか。」
「分かった。」
「これ、キーです。あとエネキーも付いてますので、それで入れてください。燃料はハイオクです。」
ルナに言われ、私は意図せず、TOYOTAのAE86のステアリングを握る。
機関区から、今市バイパス沿いのエネオスまでは短い区間であるが、それでも、4A‐Gエンジンの咆哮を生で味わい、AE86を実際に操れるのは幸せだった。
だが、だからと言ってどこかで遊んでくるわけにはいかなかった。
燃料を入れに行くだけだし、勝手に遊んで事故を起こして壊してしまうのが怖かった。
燃料だけ入れて機関区に戻ると、ちょうどカレーが出来、ご飯が炊けたところだった。
「遊んでこなかったの?」
アイルが意外に思いながら言う。
「他人の車だから。」
「これ、ヤマトの分ね。」
アイルはポリ容器によそったカレーを渡し、私は受け取ると、ルナを探した。ルナは転車台の方を見ながら、機関車の前でペール缶に座っていた。見ると、夕闇の西の空に月が見えていた。
「あの領域には、私も入らない。」
アイルが言う。
「ルナは、月への夢、宇宙への夢、断ち切れていないのかもしれない。その辺、「スペーシアクロスロード」の物語を描いたヤマトはどう考えているの?私は、ルナのそばにいるから―。ルナに何かあったら嫌。ルナに悲しんで欲しくない。」
エレナに未来を聞いた私自身を思い出した。
エレナは私の未来を知っているかもしれないが、アイルとルナの未来を知っているのは私。
「未来を言ったところで、信じられると思うか?バカな陰謀論だと言われておしまいだ。」と言うエレナのセリフを思い出す。
どういえばいいか、私は思考を巡らせる。
「心配ない」とか「未来は明るいよ」と言うような、中身も何もない空っぽで無意味なセリフをアイルは求めていない。
「そうだなぁ。厳しく接するのは、愛の鞭。でも、やり過ぎないように。行き過ぎれば、ただの暴力。暴力をふるわれると、例えどれだけ愛していても、人は離れてしまう。優しく時に厳しく接することだね。里緒菜さんとエレナさんをよく見て学んで。」
と、私は答えた。
アイルは何か言いかけたがやめて、視線をルナに戻した。
ルナは変わらず、月を見ていた。




