第17話 鬼怒川温泉駅
観光準急「大樹・日光72号」は今日も無事に、沢山の旅客の笑顔を乗せて鬼怒川温泉駅に着いた。
「合いの手さん!楽しかったです!」
と、常連客や親子連れから言われ、紅い着物のような制服を身に纏うアテンダントは「ありがとうございます!」と笑顔でお辞儀をする一方で、紺色の制服姿の男性アテンダントは真面目な顔で2号車の車内の確認を行い、「降車終了!」と3号車の車掌に合図を送る。
客車のドアが閉まった。
アテンダントは休憩所へ向かう。
「合いの手のお兄さん!」
紺色の制服を身に纏う男性アテンダントに、紅い着物のような制服を身に纏うアテンダントが微笑みを浮かべる。
「合いの手のお兄さんって―。」
「お客様の前では、それで通すって決めたのは誰?」
「うっ―。」
月詠ルナは自分でそう決めておきながら、いざ、相方の軽井沢愛瑠に「合いの手のお兄さん」と呼ばれると照れてしまう。
なにしろ、ルナはアイルより2つ年下の男だからだ。
跨線橋を渡っていると、一緒に勤務していた小前田というアテンダントに「例の推し活君来てたよ。多分6号に乗ると思うよ。」と言われる。
ルナは「推し活君」と言われ誰かと思ったがすぐに(あぁ、あのラッピングした車で並走していた奴か。)と分かった。
「そうだ。今朝のお父様からの電報で、例の方も今日、こちらにいらっしゃるそうですね。それも、同じ6号に乗られるとか。」
アイルは思い出したように、スマホの画面を見せながら言う。
「電報」と言われてルナは「ん?」と思ったが、直ぐにそれはLINEのトークやメールの事だと分かった。
どうもこの世界の用語と、元居た世界の用語の違いには未だ慣れず困惑することがあり、早く慣れなければとルナは思う。
「あれっ?」と、アイルは父のエレナから送られて来たLINEの写真を見る。
「見てくださいルナ。」
アイルは言いながら、ルナにスマホを押し付ける。
「自分で見ますよ」と言いながら、ルナは自分のスマホを制服の外套の内ポケットから出して画面を開き、アイルが見せた画面を自分で見てみる。
今朝、エレナから送られて来たLINEの画面。
それには、今日、こちらへ向かうと言う「ヤマト」という人物の乗る車の写真と、ヤマトと言う人物の写真も添付されていた。
「あれっ?」
ルナの指が、画面の上で止まった。
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SL大樹ふたら72号がちょうど鬼怒川温泉駅に着いた頃、私は下今市駅の職員駐車場に車を停めた。
庄屋を出発した時、エレナから許可証を貰っていたので、誰からも咎められなかったが、駐車場を見回してもS660と同じ世代の車しか止まっておらず、ルナのAE86や、アイルのロータス・ヨーロッパの姿はない。
切符を見せて、改札を抜けて、4番線から発車する普通列車に乗る。
車内に入った後も、何かが引っかかっていた。
あの栃木市の庄屋を出る際に、エレナから貰った駐車許可証と、今持っている切符のことだ。
どちらも、あの庄屋のあった大正浪漫の世界から送られて来た不思議な許可証と切符だが、それらは当然、あの世界の物であり、私の居る現実世界の物では無いから、咎められなければおかしい。
しかし、咎められなかったのだから、逆に気味が悪かった。
20400系の普通列車は下今市駅を出て、大谷川を渡る。
(もし、ルナとアイルも居るのなら、この世界はあの庄屋のある世界、つまり「スペーシアクロスロード」の世界になるはずだ。だが、まるで変化なし。)
私は、ロングシートの角の席に座って、窓の外の日光連山を眺めながら思う。
もう雪は止んで、晴れ間がのぞいていた。
東武鬼怒川線は単線なので、時折、上下列車のすれ違いのため、駅に数分停まる事があり、この列車も新高徳駅でJR直通特急とのすれ違いのため数分間停車する。JR直通特急には元成田エクスプレス用の253系が使われているはずだが、
(ん!?)
私は息を呑んだ。
それは、国鉄157系だったのだ。
そして、乗っている普通列車も発車するが、動き出した直後、吊り掛け駆動車特有のモーター音が聞こえてきた。
車内は変わらないのに、走行音が変わった。
鬼怒川温泉駅に着いて、車外から車両を見るとそれは、東武3050系だったのだ。
(まさか?)
と思うが、1番線にはN100系スペーシアXが停まっていた。
まもなく、「スペーシアX8号」として浅草へ向けて発車する。
私は賑わし程度に見送ろうと、1番線ホームに向かうと、ホームの先端に紺色の外套を見に纏い、紺色に黄色のラインを巻いた制帽を被った人物がいた。
先程、SL大樹ふたら72号の車内にいた人物。
私は息を呑んだ。
「夢のワールドスクエア」の発車メロディーが流れる。
「ドアが閉まります」と自動音声が流れて、ドアが閉まる。
「パァーン!」と電子警笛を鳴らして、「スペーシアX8号」が発車する。
紺色の外套を着た人物は手を振って列車を見送って、列車がホームから出ると、私の方を振り向いて一礼した。
「ルナ?」
一瞬の沈黙の後、私が聞くと、月詠ルナは小さく頷いた。
「スペーシアX、久しぶりに見ました。この世界に完全転移してから、見ることはありませんでした。」
「こっちは157系を初めて見た。」
「そうですか。私も157系は元の世界で見た事無いです。」
月詠ルナは小さく笑う。
「お会いできて光栄です。ヤマトさん。」
私はあまりにもかしこまったルナの態度に他白いだ。
「タメ口でいいよ。ルナ。」と前置きをして、
「お会いできて嬉しいよ。ルナ。」
と、挨拶した。
「72号の車内から、並走しているのを見ました―。」
「そうか。まぁ、撮影の後のおまけと言うか―。」
「アテンダントさんからは、推し活君って呼ばれてるようですよ。」
「どうせなら、ドクターイエローにしてくれ。」
「ふふっ。ドクターイエローもまた、懐かしい名前です。元居た世界は「幸せを呼ぶ黄色い新幹線」とも、言われていましたけど、私は、たかが保線車両如きに何をバカ騒ぎしているのだ?と、思っていましたがね。」
ルナは元居た世界の列車を見て、少し懐かしく思ったのか、ホームを歩きながら私と笑いながら話す。
そうしているうちに、鬼怒川温泉駅が少し古ぼけた物になった。
それを見て(あぁ、「スペーシアクロスロード」の世界だ。)と実感した。
「悪い。ちょっと、トイレ行ってくる。仕事してて。」
緊張のあまり、急に尿意を覚えたらしい。
「列車の便所使ってください。もう、ドア扱い開始ですので。」
どうせ、1日フリー切符を持っているのだから、改札を出ようが出まいが関係ないし、「スペーシアクロスロード」の世界の大樹の客車は変わらないのだから、トイレを使っても問題ない。
これが、明治大正の頃のマッチ箱のような客車なら、垂れ流し式のトイレで駅に停車中に使用することは出来なかった。
跨線橋を歩いていると、「合いの手のお兄さんこんにちは!」と、観光準急「大樹6号」に乗る乗客がルナに挨拶していた。ルナは「こんにちは」と微笑みを返している。
「私とアイルさんがアナウンスを担当する列車を事前告知しようと、五十里課長やアイルさんは考えたようですが、私は止めました。「ドクターイエロー」と同じです。あれは、いつ見られるか分からないからこそ、プレミアム感があったのでしょう。それに、事前告知したら、それに旅客が集中してしまうだろうと川治運行管理官も考えた事で、見送られました。」
「そうだな。俺も、SL大樹のアテンダントのお姉さんの中には、お気に入りの方が何人かいらっしゃるけど、その方の担当かどうか分からないのもまた、面白いなと思っているからね。まぁ、C11とC12を間違えるような、とんでもねえ奴に当たった時は、流石に頭来て帰り際に怒鳴り倒してやろうかと思ったけど。」
「機関車を間違えるのは論外!私なら文句言います!」
ルナが爆笑すると、「チリン」という鈴の音が聞こえた。
「ルナ?お客様なの?」
ルナはその鈴の音と、声に反応すると直ぐに真面目な顔になる。
私もその声の方へ振り向く。
紅い着物のような制服を身に纏った、幼さがまだ残ったボブカットの髪型に猫顔、雪のような、絹のような、真っ白な肌を持つ、明るい太陽のような女性アテンダントが微笑みを浮かべていた。
「あら?貴方はヤマト?」
彼女は私に微笑みを浮かべて言う。
その姿は、名前の由来である天照大御神のような、太陽神と言うべき美しく神々しい物だった。
「はじめましてって言うべきかな?」
「よく分からないけど、まぁ、一応は、はじめましてかな。」
私は瞬きしながら、苦笑いを浮かべる。
「合いの手のお姉さん。はじめまして。」
「アイルでいいですわよ。ヤマト。」
アイルは私とは対照的に、照れ笑いを浮かべながら言った。




