第13話 エレナのチェス
「エレナ様!」
エレナの後ろから、霧積博士の娘のネルラが、エレナに抱き着いた。
「麗ちゃんと鉾根さんが今入った。」と霧積博士が言う横で、ネルラはエレナにチェスをやろうとせがむ。
「また私と?たまには里緒菜さんともやったら?」
がっつくネルラに、エレナは苦笑いを浮かべながら言った。
ネルラはエレナを「エレナ様」と呼ぶが、お父様とは呼ばない。
里緒菜を愛するが故に、悪ノリで生まれたことにしたネルラに、お父様と呼ばれる事を、エレナは嫌がっているため、霧積博士が「エレナ様と呼びなさい」と言いつけているためだ。
「あぁ、私とやっても良いですが―。」
アルカリイオン水で淹れたウーロン茶を注ぎながら、里緒菜は私に視線を飛ばす。
「ヤマトは?」
「チェスのルールなら分かりますし、本場のイギリスで叩き込まれました。」
私が言うと、エレナはチェス盤を用意した。
ルナとエレナが対峙した場面が脳裏を過る。
ところが、いざ始めて見るとネルラの攻略はあっという間に出来てしまった。
気が付いたら、盤上は一方的な形になり、ネルラの駒は次々と撃ち落とされ、キングだけが残ってしまった。
「酷い!エレナ様!敵を討って!」
「しょうがねえなぁ。」
エレナは溜め息交じりに言いながら、相手に立つ。
「どこでチェスを覚えた?イギリスで叩き込まれたと言うが?」
「高校時代のイギリス留学時に、ホームステイ先で。ルールは小学生の時に理解しました。」
「何で覚えた?」
「ハリーポッターで。」
ニヤリと私は答える。
「ほう。おもしろい。ヤマトが先行だ。」
「もしエレナ様が勝ったら、私の質問に答えて!」
ネルラが言うのに「いいでしょう」と答える。
所詮エレナは私である上、私の「未来のことを教えてくれ」という悲鳴のような叫びを無視するような真似をしたのだ。
試してやる。
エレナが何を隠しているのか。
「私が勝ったら、教えて貰います。未来のこと。2035年の事。」
私はいきなり、ナイトを先行させながら言った。
「勝てるものか。」
エレナは冷たく言い放つ。
「なぜ、未来をひたすらに隠すのです。」
「そちらこそ、そんなもの聞いてどうするのだ?」
先行したナイトが奪われた。
「知ったところで、どうにか出来る問題なら対処する!」
「熱くなり過ぎだ。頭を冷やせ。」
エレナは迷いなく、私の駒を次々に奪い取る。
里緒菜と霧積博士が「あーあっ」と溜め息を吐くのが聞こえる。
「では逆にこちらから聞こう。2030年に南海トラフ巨大地震が起きると私が話したところで、君は信じるか?あるいは、君の世界の連中は信じるか?」
「-。」
「くだらない、陰謀論と一蹴されて終わりだ。」
「-。」
「そもそも、私はルナの世界、つまりはヤマトの住む世界からこの世界へ来たという設定であるが、私は私で、ヤマトはヤマトであろう?いつ、どこに、私が未来の君という記述がある?」
一挙に、ポーンが3つやられた。
穴の開いた箇所から、一気にルークとビショップが突入してくる。
「もし、私が未来のヤマトであるならば、未来を知ったヤマトが元の世界へ帰り、元の世界を変えれば、この世界はどうなってしまうのかね?君は、タイムパラドックスを理解しとらんのか?」
「理解してます。」
無知な奴に思われていると癪に触った私は、ムキになって残ったナイトを強引に突入させる。その後ろに、ポーンとビショップが控えている。
だが、これは攻めと言うより、ただの焦りだった。
「銃を15分かけて組み立てた後、タイムマシンに乗り20分前の自分を、後ろから自分で銃撃すると、銃を組み立てる前の自分を銃殺することが出来た。しかし、では、誰が自分を撃ち殺したのか?そして、自分を撃ち殺した後の自分とは何者か?」
「ヤマト。落ち着けよ。もし私が未来のヤマトならば、お前のやっている事は、まさにそれなのだよ。そして、私だけではなく、ヤマトが消える。ヤマトが消えるという事は、この世界をも消える。一つだけ教えてやる。」
エレナはまたも、強引に突っ込んだ私の駒を全て奪い取った。
「この世界は君の理想を集めて作った、君の世界だ。だが、君が消えるという事は、この世界をも消える。なぜこの世界の男女比が大変な事になっていて、滅亡に向かっているのかは、君自身に理由があるからだ。この世界の歪みの原因は、君自身だからな。」
気が付いたら、私は追い込まれていた。
私に、打つ手はなかった。
「チェックメイト。」
エレナのその言葉は静かだった。
「圧倒的ね。」
里緒菜は拍手もせず、ただ冷たく言った。
「大人気ない。」
霧積博士も舌打ちする。
それでも、エレナは「ふん」と鼻を鳴らしただけだった。
「ではぁー。」
と、ネルラだけが明るく振舞う。
「お風呂出ました。」
麗もやって来た。
「可愛い麗ちゃん、お風呂でピカピカよ!」
鉾根は麗の隣に座る。
この現場に居なかったサブキャラの存在が、私を安心させた。
「私の質問、答えて貰うね!」
「ええ。答えられる事なら。」
「ヤマトのあの車、何を表現したの?」
あまりにも的外れだ。
しかし、その問いに少し救われた気がした。
「何をって言われても―。好きなキャラクターと、好きな列車を表現した。」
「なんで自分の胸の中ではなく、車にまで?」
痛車文化というのは確かに、理解できない奴等には理解できないだろう。
私は一瞬、エレナの方を見てみた。
エレナは意外にも興味があるという様子だった。
「-。少々、また長い話ですが?」
「圧縮して。」
そうなるよな。
私は何をどう話すか考える。
「かなり前から、痛車と言う物に興味があったが、周りが良い反応をしなくて、我慢していた。だけど、私の勤めるバス会社で、私が大嫌いな―。いや、私の世界を蝕み、破壊していくアニメの痛車バスを作った。そして、そのバスに無理矢理乗務させられた挙句、そのアニメを好きでもないのに、好きになれと―。誰かの好きを無理矢理押し付けられ、自分の好きに蓋をさせられて―。」
私は一瞬、怒りが噴火しそうになったが抑える。
アルカリイオン水で淹れたウーロン茶を口に含んで落ち着く。
「我慢が爆発したの?」
麗が割って入った。
「ええ。自分の好きに嘘を付き過ぎて、わけ分からなくなって―。それで―。知り合いの伝手で、ラッピング屋さんを紹介してもらって、自分の好きなゲームのキャラクターと、自分の好きなSL大樹のヘッドマークをあしらった車にして、SL大樹の走る場所を走りたいと思って。それも、ただ走るのではなく、SL大樹と一緒に走って、SL大樹に乗っている人が私の車を見て、笑顔になって楽しんで欲しいという思いも込めて―。」
本当は、私の住む世界を蝕むクソアニメへの恨みつらみを、もっといろいろ言いたいがそれを抑え、私の思いだけを話した。
「そうなの?意外ね。そんな背景があるように見えない。」
霧積博士が本当に意外に思いながら言う。
「運転席側のイエロー基調のラッピングも、助手席のブルー基調の物も、明るくてスポーティーで、とてもそんな背景があるように見えない。」
霧積博士が言うのに続いて、
「大樹と並走している時、車内の様子は見える?」
と、里緒菜が聞いた。
「ええ。場所によっては見えますね。」
「その時、車内の様子はどう?」
「みんな、笑顔で手を振ってくれているように見えます。」
「そんな暗い背景があるように見える車なら、手を振ってくれないよ。ただ走るのではなく、大樹と一緒に走って、大樹に乗っている人が、ヤマトの車を見て、笑顔になって楽しんで欲しいという思いも込めたのが正解だったのよ。」
里緒菜はやさしく微笑んだ。
その隣で、エレナも「暗い背景があるように見えないなあの車」と頷いていた。
本当は、SL大樹の走る場所や栃木市では普通に走れるが、私の住む町や私の実家のある町では白い目で見られると言おうと思ったがやめた。
この状況でそれを言えば、この雰囲気を壊してしまうと思ったからだ。
それに、あの痛車ではそれ以外の場所へまだ行ったことがない。
行った事の無い場所でどうなるのかを試してから、そう言うことは言うべきだとも思った。
気が付くと、23時を過ぎていた。
「それじゃあ、そろそろ寝ましょうか。」
エレナが言うと、皆、寝室へと向かっていく。
どこかそれが寂しい気がした。
翌朝には、私はこの庄屋を発つ。
そして、今後も、栃木市には来られるが、私の小説「スペーシアクロスロード」の世界の栃木市や、「スペーシアクロスロード」のキャラクター達とはこれでお別れだろう。
そう考えると、まだまだ話していたいのだが、明日もある上、皆、それぞれの事があるのだ。
「では、皆さん。おやすみなさい。」
と、私は微笑んだ。
私の寝床は、エレナの研究室のロフトのベッド。
本来ならエレナのベッドなのだが、今夜、エレナは里緒菜と同衾する。
最も、毎晩、里緒菜はエレナを抱き枕にしないと寂しくて仕方がないと無理矢理にでもエレナと同衾するので、エレナにはいつもの夜でしかないらしい。
研究室のロフトのベッドに入る。
「「スペーシアクロスロード」の世界を見られた事、そして、私達と会えてどうだった?」
里緒菜が聞く。
「皆さんにお会いできて、私の思いを受け止めてくれて―。心が軽くなりました。あれ?エレナさんは?」
「もう寝ちゃったわ。ふふっ。可愛い寝顔よ。」
見ると、エレナは里緒菜の隣で静かな寝息を立てていた。
里緒菜はそっと、その頭を撫でている。
「では、おやすみなさい。」
里緒菜が言う。
「ええ。おやすみなさい。」
私も布団をかぶった。




