第11話 風呂好きエレナ
夕食会の後、私とエレナは、風呂セットを片手に夜の風に吹かれながら、ミツワ通りを歩く。
「霧積博士の母娘が居る時は基本的に、環状道路沿いのスーパー銭湯の家族風呂か、4人まとめて家の風呂に入るんさ。ルナが来ても、アイルと家の風呂に入っちゃうことが多くて―。」
少し北関東の訛りがあるエレナの話し方に、私も親しみを覚える。
「エレナさんはお風呂好きって設定もありましたね。書かなかったですが。」
「作者の君譲りさ。」
「でも、エレナさんは、里緒菜さんと一緒にお風呂入る事が多くて羨ましい。私は、前橋の安アパートのシャワーばかり。家に帰っても誰も居ない。里緒菜さんのような人がいるエレナさんが羨ましい。」
大きく溜め息を吐きながら、ミツワ通り沿いの銭湯に入る。
モデルである実在の銭湯とは名前が異なり、この世界の「金魚の湯」という名前の銭湯になっていたが、それ以外はモデルの銭湯と何ら変わりなく、番台のおばちゃんも同一人物だった。
400円の入浴料を払い、脱衣所のロッカーに衣服と貴重品を放り込み、タオルとシャンプーと石鹸、それから髭剃りを入れた小さな籠を持ち、浴場へ入る。
「なあヤマト?里緒菜さんのあの性格も、君の願望か?まぁ、小説なんてそんなもんだろうな。作者の願望が含まれていることが多く、願望だけの作品は肌に合わない。君はそこを、うまく調整したな。」
エレナが言うのに、私は頭を掻く。
実際には、里緒菜とエレナがまぐわいを交わすシーンや、ルナがアイルに襲われるシーンを事細かに書いた物があった上、エレナは里緒菜だけではなく、里緒菜の勧めで霧積博士とも関係を持ったため、霧積博士にネルラという娘が生まれた他、里緒菜の差し金で麗にレイプされ、怒ったエレナは霧積博士の居る筑波山観測所に籠り切りになった過去があるという裏設定もある。
「そうだったな。でも、この世界の実情を聞いて、里緒菜さんのところへ戻ったのだよな。霧積博士の時は、悪ノリで済ませられたが、麗ちゃんの時は―。里緒菜さんと麗ちゃん両方とも殴り倒して怒鳴り倒して―。麗ちゃんが妊娠しても知らん顔。「勝手にレイプしといて何だこの野郎!」って怒鳴り返した。ところが―。」
エレナはその後、鉾根から麗の子供が胎内で死んだと聞かされ、霧積博士や里緒菜、それに鉾根も一緒になって、この世界の出生率は、男が1に対し、女が3~4になりつつあり、まもなく5になりそうなこと、このままでは、いずれ日本は女性だけになり、やがて滅亡する。男で可能な者は精子提供をする等して、子供の数を増やすような政策が行われているが、体外受精の技術は無く、まぐわいを交わすしかないという事実を話し、エレナは自分の立場を理解する。
「この設定もまた、君の世界における、君の戦争だろう?」
湯船に浸かるエレナが言うのに、私は頷いた。
「論理で考えてしまう以上、願望だけの世界は受け入れられないのです。」
「ヤマト。君も頭の悪い奴だ。と言いたいが、論理と節理を抜きにしろと言われても、その方法を知らず、どうすることも出来ない。だから、今の世の中に蔓延する、作者の願望ばかり前面に出した、消費型の小説やアニメを受け入れることが出来ず、「現実を見ろこの野郎!」と、また戦争を始めてしまう。いや、戦争と言うよりも、自分の世界が犯されると考えた上での自衛行動。つまり、拒絶反応を起こす」
エレナは溜め息交じりに言った。
「確かに、数学で見たら大変だなエロ妄想話って。もし、そんな世界になったなら、女の子にモテモテどころの騒ぎでは無くなり、男は性的な奴隷扱いにされかねない。女同士では子孫を残せないからな。」
「そうです。「スペーシアクロスロード」の世界は、一見すると私の理想を詰め込んだ世界ではありますが、その陰では、滅亡に向かいつつある世界でもあります。」
私は天井を見上げる。
「現に、鉾根の子宮頸癌や麗の死産で、白百合家は、もう子を残せず、滅亡の危機にある。でもそれは、この世界そのものの縮図です。」
私は、エロ要素など加える事無く、まるで機械が話すように淡々と、「理想を積み上げた結果、子供が生まれない世界になってしまった。それはつまり、滅びだ」と言う。
エレナは頷きながら聞いていた。
「ハーレム小説のようでもあり、君の理想の世界の小説であるが、実は滅亡に向かう世界の小説でもある。チェスの場面。白と黒という表現は、それをたった一言で表したな。」
と、エレナは言う。
そして、エレナは何かを聞いてくるのを待っているようだった。
私も、エレナに是非聞きたい事がある。
だが、それを聞くことが怖くて出来ない。
「私も弱虫です。エレナさんと同じで。」
と、私は湯気の中でつぶやいた。




