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第10話 夕食の席で

「おっと。」


 エレナが時計を見る。

 もう間もなく夕食だ。


「「スペーシアクロスロード」の誕生の話だけど―。みんなの前でしようか。あぁ、もし無理というなら、風呂入りに行きながらでもいいが―。」

「構いません。むしろ、これはみんなに聞いてもらいたいです。」


 私は頷いた。

 研究室を出て、廊下を歩きながらふと気になった事があったので聞いてみる。


「ルナとアイルはこの家に遊びに来る事は?」

「あぁ、休みの日はよく遊びに来ているよ。土日と重なった時には、大平山天文台の簡易プラネタリウムで、ルナとアイルがコンビを組んで解説員やったり、星空観測会の解説員をやったり―。月の兎の話はルナが大盛り上がりだったよ。後は、偶にルナは俺と一緒に望遠鏡を覗いている。」


 エレナは「ふっ」と笑いながら言う。


「そういえば、あの二人の話題と言えば、ルナが車買ったってさ。走り屋機関士の影響か、アイルの影響か―。」


 アイルは車を持っているし、走り屋機関士と言えば、DE10の小岩剣だろう。そんな人の影響を受けたルナが、車を買うのは時間の問題だろうとは思っていた。そういえば、アイルの持っている車は何だろうか?


 赤い車だろうか?

 赤と言えば、HONDA NSXのイメージがあるが、そんな物買えるだろうか?


「アイルの車の車種は?」

「それが、イギリスのロータス・ヨーロッパと来た。しかも紺色の。どこにそんなもん買う金あったのだか。ちなみにルナは、赤いTOYOTA AE86トレノだってさ。」


 あまりにイメージと違いすぎて、私は呆気にとられた。

 アイルがロータス・ヨーロッパに乗っている姿など想像もつかない。

 ルナがAE86なのは何となく納得できるが。


「エレナの車はSB1型HONDAシビックで、私はスズキ・スズライト。」


 後から、聞いても無いのに、里緒菜が言う。


「実用的でラクな車ですね。」とだけ、私は答えた。

 客間に行くと、ローテーブルが置かれ、その上に夕食が並べられていた。


「いつもは居間の掘り炬燵なんだけど―。今日は霧積博士母娘もいるし。」

「何!?アタシら邪魔なの!?里緒菜!お仕置きして!」


 霧積博士が言うと、里緒菜がエレナの耳に噛みつこうとして、エレナは避ける。


「やるのなら、お風呂でっといけね。ヤマトはどうする?銭湯行く?」


 一瞬迷った。

 物語でルナとエレナが行く銭湯の事を言っているのだろう。モデルとなった銭湯も実在する銭湯で栃木に泊る時は必ず行く銭湯だが、この物語のキャラクターと行くのは絶対にない。


「銭湯、行きたいです。」


 と、答える。


「仕方ないですね。」


 エレナにお仕置きできないと、里緒菜が溜め息交じりに言った。

 夕食は先ほど、鉾根と一緒に買い出しに行った寿司と、巴波川を渡ったところにあるスーパーの総菜だ。


 さすがに私の車でスーパーまで買い出しに行こうものなら、助手席の鉾根が荷物に埋もれてしまうので、麗がスーパーカブで買い出しに行ったらしい。

 酒好きな里緒菜が乾杯の音頭を取り、夕食会が始まった。

 箸を動かしながら、物語のキャラクター達の会話に入るのは妙な気分だ。


 しかし、突如としてこの世界へ放り込まれたルナは、心細かっただろう。

 故に、54話でアイルに「これでも自分は科学者崩れの人間ですのでね。全てにおいて論理的でなければ、納得できない!色気で誤魔化すな!」などとブチ切れたのだ。


「麗に聞きたいが、アイルが泣きながら電話して来た時、何を思った?」


 麗は、ルナがキレてアイルが泣きながら電話して来た時に、アイルと応対した。


「アイルさんは、酷いパニック状態でした。まず、アイルさんを落ち着かせることが最優先でした。それで―。何があったのかを聞いて―。気が付いたら、栃木駅に向かってました。」


 アイルは好きになった人に一途だが、予想外の事や突然の嵐には対応できず、パニックを起こすという。


 それは、結婚式の前日のシーンでも描いた。


 あのシーンで、アイルはまるで超新星爆発のように泣き叫び、暴れ回り、ネルラに抱かれながら泣いて、それでもエレナは、アイルのところへ向かわなかった。むしろ、ルナが逃げて来ると見越して、自室の研究室に籠り、ルナをかくまった。


 アイルの父ならば、パニック状態のアイルを止めるべきところ、突然の結婚式宣言を受けたルナこそ、アイル以上にパニックを起こしていると。


「エレナはいつもそう。アイルがパニックを起こすと、アイルでは無くその周囲を見る。そして、その原因を突き止めて、アイルを助ける。アイルが泣きながら電話して来た時も、真っ先にアイルの勤め先にしてルナの勤め先にもなる東武日光観光開発へ連絡し、あることない事を言い、ルナに対し特別教習を行って欲しいと要請。結果的に、アイルに引っ張られる格好でルナはアイルと働くことのイメージを掴み、道を開くことが出来るとともに、ルナを怒らせてパニックになったアイルを助けることにも繋がった。」


 里緒菜はエレナに酒を勧めながら言う。エレナは酒を飲まないはずだ。


「エレナが車で逃げないように。」と、里緒菜が私に言う。酒を飲めば、もう車を運転することは出来ない。


「私達母娘も、「スペーシアクロスロード」読みました。」


 と、ネルラは言いながら、100均のファイルに綴じた私の小説「スペーシアクロスロード」を見せる。


「ずっと、お話を聞いていて、物語の場面の裏話が聞けて楽しいのですが―。そもそも、どうしてこの物語が生まれたのですか?写真一枚からここまでの物語が生まれたと言われても、信じられません。」


 ネルラの言う通り、あの写真は起爆剤になっただけで、この物語が生まれるには、相当な物が積み重なっている。

 そもそも「スペーシアクロスロード」はシリーズ物で、4番目の作品なのだ。


「私が気になったのは、どうして日光鬼怒川地区なのかです。」


 霧積博士が切り出す。


「貴方の過去の作品は、貴方の住む群馬県が舞台の物が多いです。特に、走り屋の小説はほとんどが群馬です。「スペーシアクロスロード」を含む、ハイカラルートシリーズも、舞台の地名こそ曖昧ですが、2番目の作品である「銀河鉄道の紅いディーゼル機関車」は、桐生市が舞台であると思われます。しかし―。3番目となる「時計仕掛けの転移恋歌」で突然、栃木市が舞台となり、「スペーシアクロスロード」では日光鬼怒川地区と栃木市です。なぜ、群馬では無くなったのでしょうか?」


 私は目を逸らした。

 あまり、群馬の話題に触れたくないからだ。


 しかし、この物語の登場人物は、その理由を知る権利があるし、私も話す義務がある。

 故に、嫌な話題でも話さなければならない。


「無理に話さなくとも―。」


 エレナが言うが、私は首を横に振った。

 箸を置く。


「いいえ。話します。」


 そして、私はゆっくり口を開いた。


「結論言うならば、私の世界が―。崩壊したからです。」


 車の世界が壊れた。

 人間関係が壊れた。

 そして、気が付けば、私の住む町の空気までもが、私の居場所では無くなっていった。

 決定的だったのが、私の住む町を舞台にしたアニメの蔓延。

 好きでも無い物を無理矢理好きにならなければならないと言う空気により、自分が本当に好きな物が何か分からなくなって、心を壊して、うつ病を発症した。

 それが、私にとっての、世界崩壊だった。


「車―。人―。そして、アニメ―。それらが貴方の心を蝕み、壊してしまった。」


 霧積博士は大変な事を聞いてしまったと思う。


「今でも、何かの拍子にフラッシュバックを-。いつまで過去を引き摺ってんだって周りは言いますが、一度クシャクシャになった紙が元に戻らないように、バラバラに砕けた心は、もう二度と元に戻りません。「いつまで過去を引き摺ってんだ」って軽く言える奴は、残酷です。」


 私は嫌な思いをしながらも、弱々しく言った。


「じゃっ―。じゃぁ―。やっぱりルナってヤマト。ルナの世界が壊れたのも、ヤマトとほとんど同じ―。世界を失って、夢を失って、たどり着いた世界が日光鬼怒川―。」

「そもそも、私が「ムサシ」や「ヤマト」を名乗るのも禁句なのだよ。東京スカイツリー高さや、輪王寺のある場所の標高も、「スペーシアクロスロード」では書いていない。」

「大和型戦艦か。」


 エレナが言った。


「ええ。私の小説最大の禁句。特攻兵器と大和型戦艦の名前を軽々しく使うな。「スペーシアクロスロード」は、そのギリギリのラインを行きました。東京スカイツリーの高さや、輪王寺の標高を出すことは、自動的に「ムサシ」の名前を出す事にもなる。武蔵の国の名前は、大和型戦艦の二番艦「武蔵」です。実は、月詠ルナの別の名前があるのです。」

「何?まさか、アイルも?」

「ええ。アイルは「ヤマト」で、ルナは「ムサシ」です。しかし―。「転移恋歌」を書いていた事で、エレナと里緒菜さんの間に生まれた娘が、エレナさんを育てた、AIL10000型人工知能に由来する名前となり、アイルは「戦艦大和」にならず太陽神の天照大神となり、ルナは「戦艦武蔵」にならず月読命となりました。」

「禁句を犯してまで描こうとした「スペーシアクロスロード」の真の目的は何だ?元の世界と戦争をするつもりだったのか?」


 エレナの指摘に、私は頷いた。嘘を付けないからだ。


「でも、私の小説を戦争に使うことこそ、大和型戦艦の名前を使うこと以上の禁句です。元々は、私の夢と私の好きな物を散りばめた、私の夢の世界なのです。それを戦争に使われるのは―。私が元から書いていた車の小説の世界でさえ、ストーカーでっち上げ事件の犯人とその取り巻き達によって、制圧されて、滅茶苦茶にされたのです。ハイカラルートの世界は、滅茶苦茶にされた世界で、僅かに残った希望を集めて作った世界です。それを戦争に使いたくないと―。故に、戦争では無く、私の理想を求めた世界として描いたのです。」


 そうだ。

 最初は、私の世界を壊した奴等と戦争をするために、ハイカラルートシリーズを描き始めた。


 だが、戦争して得られるものは何か?

 戦争をしても、一度壊された物はもう二度と元に戻らない。そればかりか、更に憎しみを増やし、生まれるのは、悲しみと悲劇。

 それは、私が一番よく知っている。

 私の最大の武器である小説の世界を、そうした物に使いたくない。

 確かに、世界を守るために最低限の武力は必要だ。


 だが、私の小説は違う。


「私のセリフに、現れてますねその考えが。「行き過ぎた知能は世界を破壊する事もあります。ルナにとって真実は、原子爆弾よりも恐ろしいものにもなりえます。そうなった時、エレナはルナにとって、オッペンハイマーやアインシュタインのような存在になってしまうでしょう。」と。ヤマト。貴方がやろうとしたことはまさに、行き過ぎた知能と知性の暴走。でも、それを止め、この世界を生み出した。それは、知能と知性の安全な利用よ。よく、止められたね。」


 里緒菜が微笑みながら言った。


「私とルナがチェスをやる場面もそうだな。」


 エレナも言う。


「いきなりルナを真実で殴りつけないで、チェスをやりながら、ゆっくり真実を話す。もし、この世界を戦争利用するならば、いきなり私は、ルナを真実で殴りつけて黙らせていただろう。君の小説が、戦争に使われなくて良かった。でも、今、君は戦っている。世界の崩壊を目の当たりにし、自分の進む道を見つけるために。でも、絶対に、武力で圧倒してはならんぞ。」


 エレナの言葉は、私の考えと同じだった。


 エレナは私。

 私はエレナ。


 決して、「スペーシアクロスロード」を含む、ハイカラルートシリーズの物語を、戦争に使ってはならない。


 夕食会を通して私は、改めてそれを思った。



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