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具材に火が通り始めたであろう頃。そろそろ最後の仕上げ、味付けの段階に入る。
味付け、と言っても、小麦や牛乳から作っているわけではないので、あとはルゥを入れておしまい。子供はルゥの箱を開けようとして、苦戦していた。わたしはそれを横から手を出し、代わりに開けてあげた。
けれど、最後にルゥを入れるのは、この子の役目だ。
既定の数だけルゥを入れ、お玉で鍋をかき混ぜるごとに、子供が薄くなっていく。今度は見間違いじゃない。シチューのルゥが溶け、水ではなくシチューの白色になっていくのと反比例するように、子供は透明になっていく。
そして――シチューが完成したとき。
子供はそのまま、消えてしまった。子供の持っていたお玉が、一度、鍋の縁に引っ掛かり、バランスを崩し、床に落ちる。ただ、お玉が落下しただけなのに、その音が、やけに響いているような気がした。
「――……」
わたしが瞬きをしている間に子供は姿を失った。
でも、女の幽霊のように、無理矢理消された、という雰囲気は、なかった。シチューがコトコトと煮られているからだけじゃない、暖かな空気が、キッチンに流れていた。
「…………」
わたしはお玉を拾い、軽く洗ってから、鍋に戻す。……床は、ティッシュで拭くとかでいいか。二、三枚程度なら、バレやしないだろう。
コンロの火を消し、シンク下の扉や、キッチンにある棚の扉を開けていく。
――いない。
リビングの方へ行って、子供が隠れられそうな場所は全部開けて、確認して、元通りに閉める。
リビングだけじゃない。風呂場、トイレ、両親の寝室、わたしの部屋と、家の中の、全てをくまなくチェックして――その、どこにも、あの子供の姿はなかった。
家中を全部見て回っている間、家の中は凄く静かだった。ほんのりと、シチューのいい匂いが漂っているだけ。
わたしがずっと悩んできた、ひっかくような異音も、音と言う方が正しいようなうめき声も、聞こえてこない。
ああ――本当に、あの子は満足して、成仏をしたのか。
わたしは玄関に向かい、鍵を開け、扉を開く。すぐ近くに高月くんが立っていた。
高月くんは即座にこちらへ気が付いてくれた。
「首尾は――……、その顔なら、問題なくやれたのだな」
「……うん。ありがとう」
ここまでこれたのは、高月くんのおかげだ。彼がいなければ、あの子供が満足していなくなることも、無事にこの家に関わる幽霊をく除霊することも、できなかっただろう。
あと少し――頑張ろう。




