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子供の手つきは、中々に手慣れていた。動きそのものがのろのろとしているので、調理スピードは決して速くないんだけど、それでも、着実に料理はでき上がっていく。
鍋の中で炒めた食材が、ほどほどに火が通ったであろうところで、子供が、じっとこちらを見つめてきた。
「……? ……ああ、煮込む用の水か」
椅子の上に膝立ちになったままの状態では、移動することもままならない。キャスター付きの椅子ならまた話は違うんだろうけど、あいにく普通の椅子である。
「……えーっと……。……ごめん、水道水で!」
調理用の水がないわけじゃないんだけど、シチューにするくらい水を使ってしまったらバレる気がする。まあ、水道水が飲める国なわけだし。許してくれ。
水道水を入れて鍋を戻すと、子供はじっとそれを見る。……沸騰待ちだよね? 水道水入れやがって、っていう睨みじゃないよね?
あとは煮込んで、ルゥを入れて、完成だ。
料理は終わりに近づいている。
問題は……母親がすでにいないと言うことだけ。
……母親が帰ってくるまで粘られたらどうしようもない。
――でも、あの状態の母親と遭遇したところで、いい結果になるとも思わないんだよなあ。
そんなことを考えながら、わたしはつい、喉元を撫でる。わたしが死んだときに首についた後と、高月くんの家であの女の霊に首を絞められたときについた爪の穴。二つの傷跡の感触が、わたしの指先に伝わる。
「……あ、れ?」
煮込み待ちをじっとしていると、なんだか子供が揺らいだような気がして、わたしは思わず目をこすった。もう一度、しっかりと子供を見ると、今度はちゃんといる。椅子に膝立ちのまま、食材が煮込まれる鍋を見ている。
それでも、なんとなく、子供が『薄くなった』と感じた。
これが成仏する、ということなのだろうか。
「お、ぁ、ああ、んんん」
子供が、口を開く。
音のような、言葉になっていない、声。
ずっと気味の悪い、うめき声だと思っていたけれど……。
さっき、ご飯、と喋った。人間じゃない生物が、人間の話し声に似せたように話した、なんとも曖昧な物言いだったけれど、本人は、ちゃんと話しているつもりだったら。
これも、何かの単語なのだろうか。
「お、ぁ、ああ、んんん」
子供が、もう一回、言う。
そう考えると、確かに、何か言葉に聞こえてくるような――。
「……おかあ、さん?」
そう聞こえた気がして、思わずつぶやくと、子供が振り返った。
餓死をしたんだ、と思えるほど、がりがりにやせ細っていて。顔のパーツの比率は間違いなく子供なのに、妙に老けている印象を受ける、歪な子。目元は暗く、影になって真っ暗なはずなのに――。
瞳がある場所に、ほんの少しだけ、光が宿っているような気がした。




