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鍵を開けて、扉を開く。たったそれだけのことを、わたしは生まれて初めて行った。……死んでるけど。
劇的な演出もなく、特別な高揚感や達成感もなく、あっさりと。
でも――なんとなく、それが嬉しかった。
皆は、普通にやっていることだから。
「子供の霊の様子は? 貴様の想定は当たっていたか?」
扉が開いたことに気が付いたらしい高月くんが、中二病モードの声音で話しかけてくる。さっきは普通だったのに。
「うん、わたしの予想は当たってたっぽい。ご飯作ろ、っていったら露骨に反応して、キッチンに向かって行った」
殺した相手に恨みも何もなく、健気に想い続けるというのは、わたしにはやっぱり信じがたくはあるけれど。高月くんも同じように考えているのか、ちょっと浮かない顔をしていた。
だって、母親の方は、あんなにも、この世を憎んでいます、みたいな幽霊になって、わたしを消そうとまでしていたのだから。
それでも、現状、そうなっているのだから仕方がない。
――……あの子はわたしと違う。
だから、考えることも、やりたいことも、一緒じゃなくて当然なのだ。
「……家、あがる? ママもパパも、夜まで帰ってこないよ」
金曜日、父の帰りは大抵遅い。わたしが死んでからは飲み会とか、残業とか、減らしているみたいだったから、今日もわたしが生きていた頃より早く帰ってくる可能性のが高いけど。でも、平日の中なら、この日が一番、日中家を不在にしている時間が長い。
仮にそのまま定時に仕事を終えて、まっすぐ帰ってくるとしても、母親を迎えに祖父母宅へと行くから、それなりに時間はかかるだろう。
まだ全然昼前だし。あの子の料理の手際がどれだけ悪かろうと、夜まではかからないだろう。
「……いや、遠慮しておく。罪を犯す気はない。ここで待とう」
高月くんは首を横に振った。
……あ。わたしが見えない人からしたら不法侵入になっちゃうか。心霊スポットに入るのとは訳が違う。本当に幽霊が出る事故物件とはいえ、普通に人が住んでいるマンションの一室だもんね。
そういえば、だから家に上がってもらうときも理由をこじつけたのだった。
わたしは高月くんから、スーパーの袋を受け取る。中には、シチューの材料が入っていた。人参、ジャガイモ、玉ねぎ、鶏肉に、シチューのルゥ。へえ、高月くんちはここのメーカーのルゥを使ってるんだ。
いいじゃん、シチュー。絵本でよく出てくる料理っぽくて、いい家族のイメージが強い料理。
これで、あの子も満足してくれるといいけれど。
「上手く行ったら、声かけるね」
そう言って、わたしは高月くんと別れ、扉を閉める。
一度やったからか、鍵を閉める手は、全く震えていなかった。




