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「……虐待された子供が所望するものとはなんだ? 腹が満たされたいわけでも、母親に復讐したいわけでもないのだろう?」
「いや……わたしに聞かれても、分かんないよ。わたし、虐待されてるわけじゃないし」
三食ちゃんと食べてるし。学校生活に必要なものは全部買ってもらえるし。あの子供の幽霊と一緒にされてもね……。
「――……母親に関することだったら、少し困るな」
「うん、わたしたちだけじゃ、探し当てるの大変だもんね」
分かるのって、名前と年齢くらいかな? ネットで特定する人とかたまにいるけど、それで見つけられるとは限らないし……。
そう、思っていたのだが。
「違う。今しがた、消えただろう」
「――……エッ?」
高月くんがスマホをいじり、一つの動画を見せてくる。一時停止された場面には、一人の女性が映っていた。写真を加工したのか、女性の周りがぼかされている。
パーマかかった茶髪のロングヘアの女性で、名前と容疑者と書かれたテロップの横にある年齢よりも、いくぶんか若く見える。
そして、女性の指先は――見覚えのある、毒々しいほどの赤い、オーバル型のネイル。
きっと、この女性が髪を短くしたら、先ほどの、この家に入りこんでわたしを襲った女の霊になるだろう。
女に握られた腕が痛んだような気がして、思わず手をさする。爪の食い込んだ後が、指先にざらりとした感触を伝えた。
公園で、事件について調べていた高月くんが何か気が付いたように見えたのは、このことだったのか。わたしはコンビニやマンションの共用廊下で肘から下しか見ていなかったけれど、高月くんはあのコンビニであの女の霊を何度も見ていたはず。
「……もしかしたら、あの女はあの女で、貴様の家に対して、何か死に切れぬ未練を抱えていたのかもしれぬな」
だから、身代わり人形が通用しなかった、ということ? 髪を人形に入れたのは高月くんだけで、わたしは特に対策していない。最初からわたしが目的だから――目くらましが通用しなかった。
最初、あの幽霊のいるコンビニへと足を踏み入れたとき、もう目をつけられていたのか。……そう言えば、あの後、わたしの家までついてきていたもんなあ。
……うわ、今、退治できたのは逆に良かったんじゃない? どう考えたって、あの女の霊の方が子供の霊に比べて強いし、仮にあの御札を使って子供の方を排除した後、今度はあの幽霊に対峙しなきゃいけなくなったときのことを想像するだけで恐ろしくなる。
あの女の霊も、あの女の霊で、何かあの家に固執していたものがあったのかな。
――まあ、そのことは考えても仕方がないんだけど。
「何を望んでいるか、かぁ……。あの子が話していること、分かればいいのに」
音みたいなものとはいえ、声は出ているから、会話することはできると思う。でも、肝心の意思疎通がな……。




