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身代わり人形、なんてもの、わたしは初めて見たから、どうなるのが正解なのかは分からない。いや、ひな人形みたいな、概念的というか文化的なものはまた別だけど。
わたしにとっては、あくまでそういう行事、祭事のイメージしかない。
実用性のある、本当の身代わり人形が、襲いかかってくる幽霊に当てたときどうなるのかは知らないけど……高月くんの表情を見る限り、今起きたことが異常事態であることは、流石に理解できた。
「なん、で……」
さっきまで熱で赤かった高月くんの顔が、真っ白になっている。体調が悪化したから、なんてことでないのは、目に見えて分かる。
高月くんの部屋の扉には鍵がない。引き戸じゃないから、つっかえ棒も無駄。というか、仮に引き戸だったとしても、あのドアガードを壊さんとする勢いで扉を殴られたら、普通に扉が外れて開いてしまう。
外開きだから、何か棚を置いても無駄。扉を開けるのを抑える重しにもならない。
――する、る。
「――っ」
迷っている間に、すり足のような足音が、だんだんと大きくなっていく。
こっちに来ている。
わざわざ扉を開けなくたって、音と気配だけで、それは明白だった。
カカカカッ。カカカカッ。
高月くんの扉に爪が当たる音がする。あの女の霊が、扉に、小指から人差し指にかけて、順番に爪を立てているのだろう。
高月くんの部屋の窓から逃げるのは無理だ。窓の下には棚や机など、足場にできそうなものはない。じゃあ今から隠れる? でも、彼のクローゼットは入口の扉のすぐ横。今、クローゼットに近づいて開けたらきっと音でバレる。隠れる意味がない。
後は……ベッドの下に潜り込む? 少し大きめのベッドを使っているみたいだから、ギリギリ隠れられるかも。最悪、わたしは高月くんをすり抜けるから、多少体が重なったところでなんとかなる。でも、ベッドの下に逃げこんだら、バレたときに逃げられない?
けれど、今、取れる選択肢はあってないようなもの。
わたしはベッド下を無言で指し示すと、高月くんはわたしの意図を組んでくれたようで、ゆっくりとなるべく音を立てないようにベッドの下へ入っていく。
――けど。
トン。
何かが落ちる物音がする。バッと音のする方を見れば、わたしの描いた漫画のノートが、床に落ちていた。
高月くんは枕の下に入れたけれど、その後、枕をわたしに投げようとしていた。そのときに一緒に動いて、ベッドに絶秒に引っ掛かっていたのだろう。
それが今、高月くんがベッド下にもぐり込み、ベッド自体が少し動いたことで、落下した。
――バンッ!
扉が思い切り叩かれる。わたしの肩が跳ねる。
バレた。時間がない。高月くんがベッドの下で体勢を整えているのを待っている余裕はない。わたしもそのまま、ベッド下へ滑り込む。
わたしたちは可能な限り壁際に寄って、ベッドの下をのぞき込まないと分からないような場所に隠れた。
ドアノブが、ゆっくりと、下がっていく。
ぎぃ、と扉がきしむ音を立てながら、ふっくりと開いて行った。




