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元々騒いでいたわけじゃないけれど、わたしたち二人の間に沈黙が落ちる。
カカカカッ、ガリッ、ガガガ。
――……ビタン!
特徴的な、爪が叩きつけられる音と、少し遅れて、肉が落ちるような音。
わたしと高月くんは思わず顔を見合わせてしまった。
おそらく、考えていることは同じだろう。
――女の幽霊が、どこかの窓をたたき割って、中にまで入ってきた。
「だいじょうぶ……、だいじょうぶ……」
体を縮こまらせながら、高月くんが何度もつぶやく。それは、わたしを安心させようと言ってくれているのではなく、自分に言い聞かせているように見えた。
部屋の扉一枚へだてて、ものすごい音が聞こえてくる。
普通の歩き方とは違う、ずりずりと擦るような足音。
いろいろなものが落ちているのか、物が落ちたり、何かが割れたりするような音。
まるで、家の中のもの、全てがひっくり返されているような。どれだけ雑な空き巣だったとしても、もっと静かに部屋を荒らすだろう。
――ガタン!
何かが倒れるような音を最後に、ピタリと音がやむ。多分……椅子が倒れた、のかな? 物音でしか様子をうかがうことができないから、なんとも言えないけど、聞こえてきたのは椅子が倒れたときのものっぽい。
じっと扉を見つめていたけれど、高月くんの方に視線を移す。彼もまた、わたしの方を見ていた。しかし、こわばった表情からして、まだ安心できないのだということが、ありありと分かる。わたしも、高月くんと似たような表情をしていることだろう。
もう大丈夫かな、と話しかけたいのに、少しも声を出せる空気にならない。緊張感が、なくならない。
もし、さっき何かが倒れたような音だと思ったのが、本当に椅子が倒れたときのものだったら、きっと女の幽霊は身代わり人形に気が付いたのだと思う。
だから、きっと、今は、身代わり人形に注目しているに違いない。
身動きできなくなって、どのくらい立つだろうか。体感では、何時間も経ったような気分だ。でも、実際はそうでもないのかもしれない。ほんの数秒というわけでもないと思うけど。
そろそろ、扉を確認してもいいかな? という意味を込めて、わたしは扉を指さし、空中をつつくように軽く手を振る。高月くんの表情は固まったまま。まだ迷っているのだろう。
状況が状況だ。わたしだって、もう大丈夫だよ~と扉を開ける気にはならない。
身代わり人形を使うとどうなるのかは分からないけど、入ってきたときはあれほど分かりやすかったのに、出て行った気配は全くない。少なくとも、この場から去った判断ができるだけの物音はすると思う。ということは、多分、まだそこにいると思うから――。
――バンッ!
「……ッ」
唐突に聞こえてきた物音に、高月くんが息を飲む。曇った、柔らかいような音。
似たような音を、最近どこかで聞いた。……そうだ、母がわたしのバッグを床に叩きつけたときのものと似ている。あのときのバッグは、普通のトートバッグだった。
ということは、何か布製品、が……――。
そこまで考えて、ぞくりと、わたしの背筋を寒いものが駆けあがる。
……もしかして、今、高月くんがダイニングテーブルに置いた、身代わり人形を……叩きつけた、ってこと?




