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わたしが見てるの、バレてる。
カカカカッ、と、苛立ちを何度もアピールするかのように、小指から、人差し指にかけて、一本ずつ、時間差をつけて、わざと音を立てるよう。ドアガードを付けたままででもできる隙間から、扉の内側を、何度も、何度もひっかく。
――早くここを開けろ。
言葉はないはずなのに、そう言われている気がした。
開けられるわけがない。
高月くんがあれだけ警戒していたのだ。あの子供の幽霊とだってわけがちがう。
悪意があると、こちらを害するものだと、言われなくたって、わたしにも分かる。
逃げたい、けど――。
わたしはちらりと、高月くんの部屋がある方を見る。
高月くんがここにいるのなら、逃げられない。あれだけ体調が悪そうだったのだ、彼を置いていったとして、高月くんがあれに対抗できるとは思えない。
高月くんに相談しにいく? でも寝てたらどうしよう。いや、この状態なら起こす方がいいよね?
――ガンッ! ガ、ガカッ!
どうするか迷っていると、再びドアガードを壊そうと、扉が激しく動かされる。が、一瞬、音の様子が変わって、わたしは思わずそちらを振り向く。
壁側に取り付けられた部品が、ドアガードのアーム部分に少し引っ張られている。
ドアガードが使い物にならなくなるのは、時間の問題だ。高月くんを起こしに行くよりも先に、扉をちゃんと閉め、鍵をかけた方がいいだろう。その方がまだ、時間を稼げると思う。
わたしは玄関に忍び寄る。
わたしが近づいたのが分かったのか、ぴたりと扉が動かなくなった。先ほどまであれほどうるさかったのに、今度はシーンという音が聞こえる錯覚がするほど静まり返った。
わたしは、ゆっくりとドアノブに手を伸ばし――。
「ヒッ!」
扉を閉じようと後ろにドアノブを引こうとした瞬間、扉の隙間から右手が出てきて、わたしの手首をつかむ。容赦なく爪が食い込む。
「い――ッ」
わたしは慌ててドアノブを引く。でも、当然、女の霊の腕が挟まり、これ以上扉を閉めることはできない。
わたしはパニックになりながら、何度も、何度もドアノブを引く。女が諦めて手をひっこめてくれることを願ったが、わたしが扉を閉めようとすればするほど、女の爪は、わたしの腕に刺さる。
ついには、わたしの皮膚に女のオーバル型の爪が突き破った。痛いのに、血は出ない。しかし、女の爪が赤いからか、それが出血のように見えた。
ぎちぎちと、扉が女の手に食い込む。ついには、扉に挟まった、女の腕の部分が折れた。
一瞬、やっちゃった、と思ったものの、わたしの腕をつかむ女の力は緩まない。到底、生きた人間ができることではない。その力強さが、逆にわたしを奮い立たせる。
もっと、と力を込めて扉を引けば、みちみちと、女の腕がひしゃげていく。骨の通った肉を無理やり押し切ろうとするような、気持ちの悪い感触が手に伝わる。くそ、幽霊のくせに。生きてないくせになんでこんな感覚はするのよ。
――バンッ!
女の腕が切れ、勢いよく扉が閉まる。ぷらん、とわたしの腕にぶら下がる女の手。
爪がわたしの腕に刺さって引っ掛かっているからか、床に落ちることはなかったけれど、数秒後、元からなかったように、物質ではなく気体だったかのように霧散した。




