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子供の霊は、わたしに襲い掛かってくることはなく、わたしをじっと見つめてきた。
高月くんが言っていた、この子の下半身は、確かに、絵に描いたような幽霊よろしく、足がない。足がない、というよりかは、みぞおちのあたりから足に向けて、グラデーションのように黒くなっていっている。そして、ふくらはぎのあたりから、部屋の暗さと溶け合って、境界線が分からなくなっているようだった。
あの日、わたしが初めてこの子を見たときは夕方くらいで、まだ陽が沈み切っていなかった。だから、今よりは足がちゃんとあるように見えたのだろう。
わたしは、ゆっくりと、一つずつ、手に持っていたお菓子を、子供の前へと置いていく。引けた腰になるがこればかりはどうしようもない。
いつでも逃げられるように、絶対に子供から目を離さないで、それでも確実にお菓子を置いていく。
全て置いて、わたしは一歩下がる。
子供はまじまじと、お菓子を初めて見るかのように、観察していた。……生前、ネグレクトを受けていたらしいから、見るのは本当に初めてかもしれないな。
「た、食べていい、よ……」
わたしがそう言うも、子供はお菓子に手を伸ばさない。流石に開け方が分からないってことはないだろう、と思いながらも、子供が手を伸ばすまで辛抱強く待つ。
しかし、子供は、言葉を聞き取れない犬のように、何度も首をかしげては、お菓子に注目するばかりだった。
死んだら食べ物が食べられなくなる、という可能性も十分あるけど、でも、それだったら高月くんがそもそも『お腹いっぱいにさせて成仏してもらう』という案が浮上したときに、言ってくるだろう。
「…………」
わたしはゆっくり、箱のチョコレート菓子を取りもどし、開封して、再び子供の前へと置く。
――食べない。
お供え物とか、そういう風にしてみないと駄目なのかな、と思って、とりあえず手を合わせてみる。
――食べない。
高月くんのことを信用しすぎただけで、本当は幽霊って物を食べられないのかも、と思って、一つお菓子をつまんでみる。普通に食べられたし、飲み込めた。
なんとなく、味がぼやけているというか、直に舌で感じているというよりかは記憶の中の味を思い出しているだけ、という感じで、美味しくないけど。あと、お腹が一杯だけどわずかな胃の隙間に詰め込むように食べる感覚で、空腹が満たされる感覚は全くないけど。とりあえず、食べることはできる。
でも――子供は食べない。
「……もしかして、あんたの未練、空腹じゃなかったりする……?」
子供は返事をしない。
ただ、わたしの方を、じっと真顔で見つめてくるだけ。
何がしたいのか、何を思っているのか、わたしには全く分からなかった。
結局、子供は一つもお菓子に手を付けることなく、わたしは全てお菓子を回収する羽目になったのだった。




