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わたしの警戒とは裏腹に、夕食を終えた両親は、その片付けと入浴を済ませ、そのまま寝室へと向かった。どうやらこのまま寝てくれるらしい。
そのことに安心し、わたしは、まだゴミ袋へと入れられていない時計を見ながら、深夜を待つ。
そして――午前二時過ぎ。
流石にそろそろ寝ただろう、と思い、わたしはベッド下からお菓子を取り出し、それらを持って、部屋を出る。
――カリッ。
また、あの音が聞こえてきた。扉に爪を立ててひっかく音。
今日もリビングにいるようで、リビングの扉にあるすりガラスに、子供の影が浮かび上がるように、くっきりと見えた。
本当なら、このまま見なかったことにして、逃げ出したい。あるいは、扉一枚を隔てて、いつあの子がリビングから出てくるか、警戒するだけしていたい。
でも――そうもいかない。
「は……っ、は……っ」
死んでいても、緊張で息が上がる。心音の幻聴が聞こえてきた。
もしかして生き返れたりして、と、お菓子を片手で持ち、首元に触れてみる。
しかし、現実は甘くない。
わたしの首からは脈を感じないし、その代わりに、首が締まった跡の感触が、はっきりと、指先に伝わってきた。
「だよねぇ……」
ほとんど吐息みたいな独り言が口からこぼれる。
開けたくない。
開けたくない。
開けたくない。
頭の中では、それだけが駆け巡っているが――目的を達成するためには、今、わたしはここから逃げ出せない。
カリッ。
カリカリッ。
扉を開けて欲しい、と言わんばかりにひっかき続ける音が、わたしを急かす。
開けたくない――けど。
悪意があるようには見えなかった、という高月くんの言葉を信じるしかない。
リビングの扉に近づく。
ドアノブをに手をかける。
ゆっくりと、握り込む。
そして――ドアノブを下げる。
何十、何百としてきた行為。いつもなら、何も知らなかった頃なら、ほんの数秒で行うことができたのに。今は、一つひとつの動作に、やけに時間をかけてしまっている。
わたしにもう生き物としての熱はないから、握り込んだドアノブに体温が移ることはないはずなのに、じっとりと、ドアノブが生ぬるいような気がして、気持ちが悪い。
「……ふぅーッ」
覚悟を決めて、わたしは深く、息を吐く。
ごくり、と唾を飲み込み、ゆっくりと、扉を開ける。
「お、ぁ、ああ、んんん」
扉の先には、やはり、あの子供がいた。
わたしが扉を開けるの以上に、ゆっくりと、緩慢な動きで、こちらを見てくる。
その顔は、やっぱり皮と骨しかないように感じられて――表情を読み取ることは、一切できなかった。




