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パラパラと高月くんが無言でノートをめくる。何か言われているわけでもないのに、ちょっと胃が痛い気がする。死んでも緊張で胃が痛くなるもんなんだ。新しい発見だな。
なんて、気を紛らわせるために考えてみるけど、全然落ち着かない。
「――……漫画?」
ぽつり、と高月くんがつぶやく。
読む、という速度ではなく、確認、というようなペースで、パラパラとノートがめくられていく。
「貴様が描いたのか」
「……他人が描いたものなら、絶対に処分して~! なんて言わないから!」
――そう、わたしが高月くんに処分を頼んだのは、漫画が描かれたノートだ。作者は、当然わたし。
母に隠れてせっせと創った、秘密の漫画だ。ジャンルで言えば、少女漫画……になるのかな。
高校生の男女が恋愛する、なんの面白味もない漫画。結構、女子の夢を詰め込んだと自覚しているから、男の子に読まれるのは……なんかこう、恥ずかしい。こんな男いねーよ、とか思われそう。
「……結構、上手いな」
「――! ほんとっ?」
黙って読んでいるから引いているのかと思ったが、そうではなかったらしい。高月くんの感想に、思わず声が跳ねる。
「この類の漫画は読まぬから、良し悪しは分からんが……少なくとも、絵はなかなかのものではないか?」
自分だけが楽しめればいいと思って描いていた漫画だから、他の人が読んだらどう思うかとは考えてこなかったけど。こうして他人から、いい評価を貰えると嬉しいものなのだと、初めて知った。
「こっそり色々勉強しながら描いてたんだ。クロッキーとか、デッサンとか、そういうのはまだいいかもだから、美術室でよくスケッチブックに描いてさ。で、こっそりノートに漫画を描いてたの」
「成程。これだけ描ければプロになれるのではないか?」
プロ、と言われ、一瞬、わたしは言葉に詰まる。
確かに、漫画家になりたいな、と思って描き始めたのは事実だ。
でも――わたしなんかに、なれるわけがない。
「無理だよ、死んじゃったもん」
――嘘。
いや、死んでるから、嘘でもないんだけど。
でも、本当の理由は、母の許可が下りなかったから。母はこういう職業を見下している傾向がある人だ。教員、医者、弁護士、そのほかもろもろ、勉強して、資格を取って、それを仕事にして、安定していて、というお堅い職業こそ正義と思っているような人。
この職業になりなさい、とは言われてこなかったけれど、それは好きな仕事を選んでいいというわけではなく、母の想定している職の中ならば好きにしていい、ということだ。
昔、冗談半分に「わたし、将来は漫画家になりたいな!」と言ってみたら、ものすごく叱られたので、本気で伝えることすらできなかった。
「……なら、我がこれを持っておいてやろう」
ぱたん、と高月くんがノートを閉じ、言った。
「貴様が生きていた証として。母親に見られなければ問題ないんだろう?」
恥ずかしいから捨てて、と言おうとしたけれど。
生きた証に、と言われたのが嬉しくて。
絶対に処分して、と言うことができなくなってしまった。




