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しばらく高月くんは、かかとを踏んだままの靴で、走っていた。家から少し離れた公園の前で、ようやく止まる。
子供の霊が追って来ていないことを確認した高月くんは、ふらふらと公園に入っていき、ベンチへと座る。
「し、死ぬかと思った……!」
息を荒げながら、吐き出すように高月くんが言った。ベンチに腰を下ろした彼は、軽く足を開き、前かがみになっている。
バサ、と乱暴にノートを隣に置くと、「何だよアレ……」とぼやく。
「そ、そんなにヤバイ幽霊だった……? わたし勝てそう?」
「いや、ヤバイっつーか……、んんっ」
高月くんが咳ばらいを一つする。周りの目を気にしているのかと思ったら、「あの童の話ではなくてだな」と言い直した。そっちかよ。
遊具のない、狭めの公園で、公園内には人がいないから普通に話していても注目は浴びないのかもしれないけども。今更口調を気にするなんて。
「貴様の母親、恐ろしすぎないか……?」
「……ま、まあ……わたしが死んだばかりで気が立ってるんでしょ」
娘が死んで荒れている、というのはまさしくそうではあると思うのだが、それに収められるほどの気迫ではなかったように見えた。……いや、まあ……、うん。
「そ、そんなことより! さっき、わたし高月くんの左手に触ったけど、なんともなかったよ? 左手で除霊できるんじゃないの?」
「えっ!? あ、いや、……、っ、わ、我が左手は力が強すぎるからな。そ、そう、時が来るまで封印しているのだ」
左手を隠すように高月くんは言う。確かに左手には包帯があるけど……その包帯、普通の包帯じゃない? 何か呪文みたいなものとかが書かれている様子はないけど。
「…………」
「…………」
妙な空気がわたしたちの中に流れる。
「――、と、とにかく! あの幽霊! 高月くん的にはどうなの!」
その空気を壊せるように、わたしは半ば無理矢理声を張って高月くんに聞いた。わざわざわたしが聞きに来たのは、これが理由なんだから。わたしは高月くんの隣に座って、返事を待つ。
高月くんもそれが分かっているのか、息を深く吐いて、「……あの部屋に根付いている霊なのは間違いないだろうな」と言った。呼吸が整ってきたのか、それとも断言するような言い方だからか、妙にその言葉はハッキリとわたしの耳に届いた。
「じ、地縛霊、的な……?」
「分かりやすく言うのであればそうだろうな。ただ……」
少し高月くんが言い淀む。中二病っぽい言葉を、また探しているのだろうか。
しかし、違った。
「……我から見たら、あの霊がそこまで悪さをするようには思えんのだが」
「……え」
このこと自体を伝えるか迷っていると言わんばかりの高月くんの表情。
そんな彼の顔を見ながら、わたしは間抜けな声をこぼすことしかできなかった。




