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母は高月くんがクローゼット前で何かをしているところに気が付いたらしく、血相を変える。部屋の入口にいた父を押しのけるように部屋へと入ってきて、高月くんの手から、書類ケースを奪い取ろうとする。
「取られないで!」
わたしの言葉に、反射的に、といった風に高月くんが背中へと書類ケースを隠す。
その隙に、父が母を捕まえ、なだめるように声をかけた。
「急にどうしたんだ! 麻耶花の友人に失礼だろう!」
「離し、離して!」
父の拘束を振りほどこうと、母が身をよじる。
「何をしているの、持っていかないで! それは――……、っ、それは、麻耶花のものよ!」
キンキンと甲高い声で、母が怒鳴る。父の拘束を振りほどき、片手で書類ケースへと手を伸ばす。
「あっ!」
高月くんが、つるり、と手から書類ケースを落とす。
書類ケースを探しているときはしゃがんでいたけれど、書類ケースを手に入れてから立ち上がっていた彼の手から落ちたとなれば、そこそこの高さから落ちたということ。しかも、安物の書類ケースな上に使い古していたからか、簡単にふたが開いて、中身が飛び出す。中身のノートが、開いた状態で、床に放りだされ――。
「――っ!」
わたしは考えるよりも先に、手を伸ばしていた。
人には触れないけれど、物には触れる。ノートを閉じようとして、わたしの手の上に、高月くんの左手が重なる。
当然、わたしの手を高月くんの手がすり抜けるわけだが――……、あれ、そっちの手って、包帯してる方の――。
「高月くん、すまない、もう帰ってもらえるか。後はこっちで――、ほら、お前も落ち着いて! 麻耶花もいい年なんだから、親に知られたくないことの一つや二つ、あるだろう!」
「駄目、駄目よ! 麻耶花のものは全部置いて行って! 何も見ないで!」
言い合う両親をよそに、高月くんはノートを拾い上げ、軽く頭を下げてから、「すみません、失礼します」と言って部屋を出て行こうとする。
両親にぶつからないように避け、思い切り扉を開けた瞬間――。
「――ッ!」
高月くんが息を飲んだのが分かった。わたしも肩が跳ねる。
扉を開けたその先、そこには、いつの間にか子供の幽霊がいた。
「ぉ、え、え、んん」
子供特有の高い声。声だと言うのに、言葉というよりはただの音という方が正しいような気もする。
そんな様子の子供の幽霊に、高月くんは固まってしまう。子供が手を伸ばせば、高月くんに触ることができる距離。
「――、返しなさい!」
母の声に、高月くんがハッとなる。
「す、みません! お邪魔しました!」
子供と部屋の出入り口のわずかな隙間をすり抜けるようにして、高月くんは玄関にまで駆ける。わたしもそれに続いた。
せわしなく靴を履く高月くん。手が震えているからか、それとも焦っているからか、上手く履けていない。
わたしはその後ろで、そわそわしながら、子供がこちらに来ないか確認する。
「ぉ、え、え、んん」
子供は、ゆっくりと、這うようにわたしたちの元へと向かってくる。赤ちゃんのハイハイというよりは、ほふく前進に近いため、すぐにこちらに近づくということはない。
でも、確実に、こちらへ来ようとしている。
「やば、やば、来てるって!」
言ったら高月くんをさらに慌てさせるだけだと分かっているのに、口にせずにはいられない。
「――ッ、お邪魔しました!」
片方の靴をきっちり履くことを諦めた高月くんは、革靴の片方のかかとを踏んだまま、もう一度挨拶をして、逃げるように家から出て行った。
わたしも、扉が閉まり切る前に外へ出る。
両親のことは気になるけれど、今は高月くんについて行って、あの幽霊について話を聞かないと。
「ぉ、え、え、んん」
閉まる玄関扉。子供がこちらへ手を伸ばしているのが、最後まで見えた。




