そろそろあの季節
「ふう、馳走になったのじゃ」
「美味しかったー!」
ピザの味に満足したらしいカルミラとゼラが、満面の笑みでお腹をさすっている。
「それなら良かったよ」
あまり食べられなかった俺としては少し複雑だが、喜んでもらえたならいいかと納得しておく。
「またゼラを連れて遊びに来るでの。その時はよろしく頼むのじゃ」
「また来るねー!」
それだけ言うと、カルミラはゼラを抱えて少し宙に浮いたかと思うと、姿が霧のように消えていった。
「器用だね。ゼラまで一緒に消えちゃうなんて」
カルミラが消えるのはまだ分かるのだが、ゼラまで一緒に消えるのはどういう原理なのだろうか。
「んー、さっぱりね。正直、吸血鬼に関しては深く考えても無駄っていうのが私たちの見解よ」
「私たち?」
「私たちの世界に生きる、吸血鬼以外の全種族よ。共通認識って言い方もできるわ」
「吸血鬼はデタラメの集まりってことだね」
「時々とんでもないことをするヤツもいるんだぞ。前にドワーフで掘っていた鉄鉱床から鉄が取れなくなって、代わりに爆発物が大量に埋まっていたことがあるぞ。後で聞いた話だったけど、吸血鬼のしわざだったんだぞ」
なんという悪質な嫌がらせだろうか。そう考えたらカルミラはマシなのかな、と一瞬思ったが、そういえば以前、血の雨を降らせたとか言っていたなと思い出した。全然マシではないな。
それから風呂に順番に入ってから、俺たちは就寝した。色々なことがあって疲れたのか、思いのほかすぐに眠りについた。
それから数日後、宣言通りカルミラがゼラを連れて再び我が家にやってきた。
「唐突だが凪よ、もうすぐハロウィンなどという行事があるじゃろう?」
「うん、あるね」
ハロウィンに対する俺の気持ちは無である。特別何かをした記憶が一切ないからだ。強いていえば、カボチャのおやつが美味しいなくらいである。
「なんでも、呪文を唱えたらお菓子を奪えると聞いたのじゃ」
「お菓子を!?」
ルッカの食いつきがすごい。フィオナは呆れた目でルッカを見ている。
「奪うわけじゃないよ、そういう行事なの」
「お菓子、食べたいねー」
ゼラもお菓子が欲しいらしい。お菓子を食べるスライム。うん、可愛い。一等賞。
「ハロウィンか……そういえば、うちの団地でも何かやってたな」
回ってきていた回覧板をめくる。地域の情報発信を担う回覧板に、団地主催のハロウィンイベントに関する記述があった。
「あった。ええと、事前に申し込んだ家に、子供たちがお菓子を貰いにやってきます。子供たちに配るお菓子のご用意をお願いします。参加した家の子供が、他の参加している家庭を回ります」
つまり、参加の申請をしないといけないということだ。
「参加したいんだぞ!」
「お菓子! 楽しみー!」
ルッカとゼラは既に参加する気でいるのか、うきうきと何が食べられるかなと話している。
「参加するのはいいんだけど、ルッカはともかくゼラはどうかな……。流石にスライムの仮装で誤魔化せるとは思えないけど」
スライムを抱えてやって来たら、びっくりしてしまう。何か方法はあるだろうか。
「あら、凪。忘れてしまったの?」
「え? 何をだろ」
俺がフィオナに何か言われていたっけ? ちょっと思い出せないでいると、フィオナが自分の耳を指さした。
「いつも隠してる魔法があるでしょう? 認識をズラす魔法が」
「ああ!」
やっと合点がいった。ゼラの姿の見え方を変えてもらえばいいんだと。
「そうと決まれば、衣装を作るんだぞ!」
「作るー!」
「ゼラはいらないんじゃないかな……」
俺のツッコミは誰にも届かなかった。まぁ、衣装作りから楽しむというのなら、それもいい思い出になるだろう。
『何してるの?』
ベランダからダイニングにやってきたイーリン。どうやらもう一人追加で参加することになりそうだ。
「イーリンも参加する? ハロウィン」
さっきまでの話をイーリンにも聞かせる。
『参加する!』
嬉しそうにステップを踏むイーリンと、ぷるぷる震えるゼラ。そして、どんな衣装にするかを今から考えているらしいルッカ。
「とりあえず、申請しとかなきゃだね」
俺は回覧板の申込記入欄にチェックを入れる。これで当日、子供たちがたくさん家に来るだろう。お菓子の準備もしなきゃな。
「――なんてことがあってね」
「ハロウィンですか。懐かしいですね。お菓子を貰いに行った記憶しかないですけど」
「俺もそんな感じだけどね」
結局、お菓子の用意はフィオナがしてくれることになった。スーパーで大量に買っておいてくれるらしい。ルッカが盗み食いしないかだけが心配だ。
「その預かっているお子さん、楽しみにされているのでしょう?」
「まぁね。お菓子を貰いに行くだけだけど、衣装作りからしたいって張り切ってるよ」
今ここは会社の作業場で、隣で話をしているのは同期の小日向葵。時々こうして仕事をしながら話をしたりしている。フィオナたちのことは、訳あって預かっている子供とだけ説明してある。フィオナが聞いたら怒るかもしれないが、それ以外に説明の仕方が思いつかなかった。最初は話すつもりもなかったのだが……。
「なんと可愛らしいことですね。あの子、ルッカちゃんでしたっけ。どんな衣装にするのかなー、すごく見てみたいです」
あはは、と乾いた笑い声が出てしまった。
以前、三人で歩いているところをたまたま小日向が見ていたらしく、会社でその話になったのだ。なんとか説明しようとしたら、自然とこうなった。
「見せてあげたい気持ちはやまやまなんですけどね」
ルッカはドワーフであるし、そもそもルッカの知らない人に勝手に写真を撮って見せるなどできるはずもない。
「そうですよね……はぁ、私も会ってみたいです」
「会う……か」
ふむ、と少し考える。
「それなら、当日お菓子を持って遊びに来ませんか? お菓子さえ貰えれば、きっとルッカは大喜びしますから。他にも当日は子供が来るので、良かったら数人分用意してくれると嬉しいんですけど」
俺がそこまで言うと、小日向は目を輝かせてずいっと顔を近付けてくる。すごく近い。
「え、いいんですか!? 迷惑になりませんか!?」
「一応みんなには聞いてみて、許可が出ればということなら。多分大丈夫だとは思いますけどね」
「ありがとうございます! ありがとうございます……!」
そんなに喜ぶことだろうかと思うが、小日向さんは両手を握ってブンブン振っている。ちょっと痛いとは言えなかった。
「そういえば、あの件はどうです? 進展ありました?」
「いやぁ、まだちょっと悩んでてね」
「急ぐ必要はないですけど、考えが決まったらできるだけ早く教えてくれると助かります。可能ならその、祖母が生きているうちに話をしてあげたいんです」
「うん、分かったよ」
以前から少し相談されていることを少し話して、その日はそのまま色々雑談を交えながら、仕事をこなしていった。
家に帰って、俺は今日のことを二人に話す。
「というわけで、できればハロウィンの日に人を呼びたいんだけど、いいかな」
「お菓子持って来てくれるんだぞ!? 断る理由がないんだぞ」
まぁルッカはそうかなと思っていたので、「ありがとう」とだけ言っておく。
「呼ぶのは構わないのだけれど。凪が呼ぶくらいの人だから仲が良いのでしょう……? 男? まさか女?」
フィオナの目が少し怖かった。ルッカからは少し同情するような目を向けられていた。女って答えにくいなぁ……。




