幕間 恋愛ゲーム③
「侵入なんかして大丈夫かしら……」
「暗いぞ……」
怖がる二人を連れ、ゼラを抱えながら、俺たちは近くのゴミ処理施設へとやってきた。中には処理待ちのゴミが所狭しと積まれている。
「別に無理してついてこなくても良かったのに」
「そうは言っても、三人で見つけたのだから、凪一人に全部押し付けるのは違うと思うわ」
「夜に侵入するの、スパイみたいで面白いんだぞ」
俺の言葉に、二人はそれぞれ思い思いの返事をする。
「それにしても、ゼラはすごいね」
「でしょー」
ゴミ処理施設だが、当然入るには鍵が掛かっていた。それをゼラがひょいと触手のような手を伸ばし、鍵穴に合わせて形を変えると、カチリと音を立てて鍵を開けてしまったのだ。
「悪用しちゃダメだよ?」
「しないよー!」
一応釘は刺しておいたが、ゼラはいい子のようなので心配はいらないだろう。
「じゃあ、たくさん食べといで」
「食べてくるー!」
ぴょんと腕から飛び出すと、ゴミの山へと突っ込んでいった。
「可愛らしいわね」
微笑むフィオナはとても綺麗だ。思わず見とれていると、ルッカが横からちょっかいを掛けてくる。
「凪、顔が赤いんだぞ?」
「別に赤くなんてないよ!」
思わず強めに反応してしまった。フィオナはきょとんとした顔をしている。
「なに、どうしたの?」
「いや、大したことじゃ……」
その時、俺の頭の中に二つの選択肢が現れた。
『素直に言う』
『誤魔化す』
な、なんだこれ。混乱する俺の頭の中に浮かぶ二つの選択肢。周りを見るが、フィオナもルッカも動く様子がない。まるで時間が止まったかのように、世界が凍っている。
「どちらかを選ばないとダメってことか?」
よく分からないが、そんな気がする。
素直に言うのは恥ずかしい……。だが、誤魔化すというのも変に意識している感じがして落ち着かない。ならば――
「笑ってるフィオナの顔が、綺麗だなって思っただけなんだ」
俺は素直に本音を告げた。フィオナは「ええ?」と驚いた顔になり、すぐに顔を真っ赤にさせた。
「ちょっと、いきなり何よ! 面と向かってそんな恥ずかしいことを……」
耳まで赤いフィオナに、俺は更に言葉を重ねる。
「言いたくなったんだ。気を悪くしたらごめん。でも本音だよ」
フィオナは何も言わない。というより、固まっている。目の前で手を振るが反応がない。
「フリーズしてるんだぞ」
やってしまっただろうか……。フィオナは、ゼラが戻ってくるまで復活しなかった。
「じゃあ、帰るわね」
ゴミ処理施設を出ると、フィオナが分かれ道で自宅の方へ向かって歩き出す。
「夜遅くまで付き合ってくれてありがとう。また明日、学校でね」
軽く手を振りながら、フィオナは去っていった。
しばらく同じ道を歩いていると、道が二つに分かれたところでルッカが立ち止まる。
「ルッカも帰るんだぞ。ゼラをよろしく頼むんだぞ」
「うん、任せといて」
その会話を最後に、ルッカも自宅の方へと歩いていった。
家に帰ると、俺はシャワーを浴びてから、ゼラをお風呂場に連れていった。
「好きに出入りしていいからね。出てくる時は、マットで床が濡れないように拭いてね」
「分かったー!」
ゼラは嬉しそうに湯船にダイブした。思ったより温かかったのか、入った瞬間にびっくりして少し飛び跳ねたのが見えた。
冷蔵庫を開け、作り置きのご飯を食べると、俺は就寝した。
翌朝。目覚ましの音で目を覚ますと、簡単な朝ごはんを食べ、身支度を整える。学校の準備をして、家を出た。
「いってきます」
家には今誰もいないが、習慣だ。鍵をかけ、通学路を歩き出した。
昨日も歩いた、いつも通りの道を進めば、今日もルッカと出会うかもしれない。少し遠回りにはなるが、交差点の先へ出ればフィオナの通学路に合流し、一緒に登校できるかもしれない。俺は――
『ルッカの方へいく』
『フィオナの方へいく』
わざわざ遠回りして行かなくても、学校で会えるかな。そう思い、いつも通りの通学路を歩く。
「あ、凪なんだぞ!」
昨日ぶつかった十字路の先から、ルッカが歩いてくるのが見えた。
「おはよう、ルッカ。よく眠れた?」
「おかげさまでバッチリだぞ!」
朝から元気いっぱいのルッカを見ていると、こちらまで元気になったような気がする。
「学校まで一緒に歩こうか」
たわいもない話をしながら、通学路を二人で歩く。転校前のことや、通っている学校のことを話しているうちに、あっという間に校門前だ。
「凪、携帯の番号を交換するんだぞ!」
「いいよ」
携帯を取り出し、番号を教え合う。ついでにメッセージアプリの連絡先も交換した。
「これでいつでも話せるんだぞ!」
嬉しそうに笑うルッカを見ながら、俺たちは校舎の中に入っていった。
クラスまでの道を歩いていると、何やらひそひそと話し声が聞こえる。耳をすませると、不穏な内容が耳に入ってきた。
「一ノ瀬がフィオナを傷つけたらしい」
その内容に、俺は固まった。俺がフィオナを? まったく身に覚えがない。
「? 凪、どうしたんだぞ?」
「俺が、フィオナを傷つけてしまったって噂が……」
動転した俺は、素直にルッカに相談した。すると、すんなりと答えが返ってくる。
「まぁフィオナはどう見ても、凪にほ……いや、なんでもないんだぞ。フィオナよりルッカを選んだから、落ち込んでるんじゃないかぞ?」
俺がルッカを選んだ。それは、頭の中に浮かんだ選択肢のことだろうか。どうしてそれを、ルッカやフィオナが知っているという話になるのか。
「なんでそう思うの?」
「凪に会う前に、なんとなくだぞ。あ、今ルッカを選んだんだって……なんとなく、そう思ったんだぞ」
この話が本当なら、俺はどうすれば良かったのか。傷つけないためには、フィオナの方へ行くべきだった? しかしそうすると、今度はルッカが傷つくのか? 頭が混乱する。
「ちょっと先に行っててくれるかな。頭の整理をつけてから教室に行くよ……」
ふらふらと、青い顔で俺は保健室に向かった。
「気をつけるんだぞ」
何に、とは言わなかった。返事をする気力が、今は湧かなかった。
「ふむ、一体どうしたんじゃ?」
保健室に来た俺の顔色を見て、ただ事ではないと悟ったのか、いつになく心配そうな顔で覗き込むカルミラ先生。
「分からないんです……」
俺はこれまでのことを、細かく話した。
頭の中に浮かぶ選択肢や、選んだことがルッカやフィオナには分かっていること、それで傷つけているかもしれないこと。
「ふむ、なるほどのう。ならば、答えは簡単じゃ」
「一体どうすればいいんですか!?」
俺は藁にもすがる思いで尋ねた。
「次はフィオナに関する選択を選べば良い。同じように選ばれなかったとしても、感じ方は違うであろう? 転校してきたばかりのルッカより、少し前から付き合いのあるフィオナを、優先してみてはどうかのう」
なるほど、確かにそうかもしれない。付き合いは長いのに、選ばれなかったことが傷つけている原因の可能性はある。
「分かりました、ありがとうございます!」
光明を見出した俺は、少し明るい気持ちで保健室を後にした。
教室に戻ると、フィオナが自分の机に顔を伏せて座っていた。
「フィオナ」
声をかけても反応がない。俺はそのまま言葉を続ける。
「今日、一緒に帰ろう」
ぴくっと肩が動く。俺は畳み掛けるように続けた。
「コンビニに寄ってさ、一緒にアイスでも食べようよ」
「二人?」
フィオナから返事が返ってきて、無性に嬉しくなる。だが今は抑えて答える。
「うん、二人で」
「分かった、いいわ」
顔は伏せたままだったが、少し耳が赤かった。




