どこにでも現れる
「そんなに長い間、この世界にいたの?」
涙を流しながら感謝している少女――よしのちゃん(仮名)。
空腹で倒れていたのだから、血も吸えず、一体どうやって食いつないでいたのか気になるところだ。
「かれこれ2年ほどになるかのう。文字も読めぬし、人間に血をくれと言ってもまともに取り合ってもらえずにの。毎日毎日、コンビニの廃棄される賞味期限切れの弁当を拾っては食べる日々じゃった……」
なんとも涙ぐましい話である。
「そんな時、女神が現れたのじゃ。泣きながら惨めな自分を慰めつつ、廃棄弁当を食べている時にの。温かいお茶と、新鮮なおにぎりを分けてくれたのじゃ」
思い出しているのか、少女は両手を合わせて感謝を捧げている。
世の中には、こういう人もいるのだと素直に思う。
「ああ、あの時はほんに助かった……ありがとう吉野ちゃん……」
「ああ、それでよしのちゃん(仮名)なんだ」
ひとつ疑問が解けて、妙にスッキリする。
「とにかくじゃ。契約はいつでもできるからの。エルフとドワーフがいる時に出直すのじゃ」
じゃあの、と軽く手を振り――
次の瞬間には、もう姿は消えていた。
「……というか、どうやって場所を特定してるんだ……?」
仕事の話など一切していない。ここに来られる理由が分からない。
首をひねっていると、ちょうど配達から戻ってきた同僚たちが入ってきた。
「おつかれさまでーす。あれ、あんまり進んでないっすね」
「どうしました?なにかトラブルでもありましたか?」
言われて初めて気付く。完全に手が止まっていた。
「し、しまったー!」
慌てて作業に戻り、事情を誤魔化しつつ2人に手伝ってもらい――なんとか仕事は片付いたのだった。
⸻
「いやぁ、大変だったよ」
帰宅して一息つき、お茶を飲みながら今日の出来事を2人に話す。
「なるほど、契約に条件を足すのね……吸血鬼を直接見るのは初めてだから、分からない事も多いのよね。契約の方法とかもそうだけど」
「そもそも関わる機会がないんだぞ」
まぁ王族である2人に血をねだる吸血鬼など、まずいないだろう。
「また3人揃ってる時に来るって言ってたよ」
「それなら今すぐ来てもおかしくないわね。吸血鬼は神出鬼没だから、実はもうそこにいました、なんて言われても驚かないわよ」
やれやれ、とフィオナが肩をすくめる。
「ふむ、驚いてもらえないのはちと寂しいのう」
その言葉と同時に。
フィオナの背後から、耳元に囁く声。
「ひぃ!!」
悲鳴とともに体勢を崩し――そのまま机の角に頭をぶつけて倒れた。
ゴンッ、と嫌な音が響く。
「ちょ、大事件になっちゃったじゃないか!」
思わず声を荒げる俺をよそに、少女はケラケラと笑っている。
「驚かないと言っておったのに。わしが悪いのかの?」
「心臓に悪いなら二度とやらないでくれるかな。じゃないと契約の話は白紙にするよ」
半ば脅す形になったが、さすがにこれは見過ごせない。
「それはすまんのう。それより、早くそやつを何とかした方がよいのではないかの」
言われてフィオナを見ると、頭からわずかに血が滲んでいる。
「ルッカ、回復魔法的なやつはないの!?」
「ルッカは付与魔法しか使えないんだぞ」
つんつんとフィオナをつついて生存確認するルッカ。
ピクピク動いているので、おそらくは大丈夫……だと思いたい。
「この際だ、なんとかしてくれよしのちゃん(仮名)!」
軽く睨みつけながら言う。そもそも原因はこいつだ。
「ふむ、それは構わんが。契約はしてくれるのじゃろうの?」
「条件はちゃんと詰める。それでいいなら契約する。だから早くフィオナを助けてくれ」
「了解じゃ」
勝ち誇ったような笑みを浮かべると、少女は小さく何かを呟いた。
次の瞬間、手のひらが淡く光る。
そのまま傷口にかざすと、じわじわと血が止まり、傷が塞がっていく。
「これでとりあえずは大丈夫じゃ。血になるものをよく食べさせるんじゃな」
「分かった。とりあえず礼は言っておく。ありがとう」
原因はどうあれ、治してくれたのは事実だ。
だが少女は、つまらなさそうに欠伸をするだけだった。
「しかし、こやつが倒れたとなると、契約は後回しかの?」
「とりあえず起きるまで待ってくれ……」
ルッカと協力してフィオナを部屋の布団へ運ぶ。
ダイニングに戻ると――
少女が床に這いつくばり、フィオナの血を舐めようとしていた。
「す、既に流れた血は盟約外じゃから!流れたばかりの新鮮な血を飲もうとして何が悪いのじゃ!」
必死の言い訳である。
……なんとも情けない姿だ。
「みっともないんだぞ」
うん、ルッカは言うよね。




