襲来
俺がいつも通りに出勤し、作業場で仕事をこなしていた。
同僚たちは配送に出ているので、今は俺ひとり。静かな空間で、注文の花を一本ずつ丁寧に刺していく。
パチ、パチ、と花鋏の小さな音だけが響く。
「寂しそうじゃのう」
背後から突然掛けられた声に、思わず心臓が跳ね上がる。
「うぉっ!」
振り返ると、ほぼゼロ距離。
いつの間にか背後に立っていた吸血鬼の少女が、口元に手を当てて、わざとらしく耳元で囁いてきた。
「いきなり耳元に話しかけるのやめてくれる?心臓止まるかと思ったよ……えーと、よしのちゃんだっけ?」
悪びれる様子もなく、少女――よしのちゃん(仮名)はケラケラと笑う。
「ゾクッとしたか?それは悪いことをしたのぅ。1人寂しかろうと思うてな、気を利かせてやったんじゃぞ?」
「そんな気の利かせ方はいらないよ」
正面に向き直り、仕事を再開する。
これ以上付き合うと、間違いなくペースを乱される。
「なんじゃつれんのう。美少女と2人きりじゃぞ?発情しても構わんのじゃぞ?」
「俺はロリコンじゃないんでね」
あまり相手をしても疲れるだけだと判断し、話半分に花を刺していく。
「今はこんな姿じゃが、血さえ貰えればのう、こうドカン!とのう」
そう言って、自らの胸元を手で持ち上げるようにして強調する。
「そんなアンバランスな……」
「胸だけではないぞ?身長から何から、すべてがパワーアップじゃ」
腕を組み、得意げに胸を張る少女。
なるほど、血をもらって本来の姿に戻りたい、ということか。
「やはり、わしが吸血鬼ということは聞いておるんじゃな」
「やはり?」
「一緒におった2人は、エルフとドワーフであろう?まさかこちらで同郷の者らと出会うとは思わなんだ」
どうやら少女も気付いていたらしい。
お互いに、種族特有の何かを感じ取れるのだろうか。
「まぁ話には聞いたよ。残念だけど血はあげられないかな。死にたくはないからね」
「何を言っておる、死ぬほどは飲まんさ。少し分けてもらえればそれでよい」
全く信用できない笑みを浮かべている。
正直、怖い。
「とか言いつつ、吸い尽くすつもりだったりしない?初対面の子をそんな簡単に信用はできないなぁ」
もし裏切られたら、それで終わりだ。慎重にもなる。
「おや、聞いておらんのか?それとも、知らんのか」
「なんの事?」
「我々吸血鬼は、先の戦争以降、無断で吸血することは盟約によって禁じられている」
「うん、それは聞いた。契約しないと血は飲めないんだよね」
ここまでは、フィオナたちから聞いた通りだ。
「で、その契約に“量の制限”を加えれば、何も問題はないというわけじゃ」
なるほど。
確かに、全部吸われると分かって契約する奴はいない。
「今なら契約キャンペーン中じゃ!血を貰えれば、元の姿に戻った時に好きなだけ揉ませてやろうぞ?」
一瞬、成長した姿を想像してしまう。
……いや、ダメだ。
「べ、別にそういうのは大丈夫、ノーサンキュー」
少し声が裏返った気がするが、気にしない。
ここで負けるわけにはいかない。
脳裏に、氷点下の表情をしたフィオナと、虫を見るような目のルッカが浮かんだ。
「それだけでは足りぬと……欲張りじゃのう」
いつの間にか背後に回り、腰にぎゅっと抱きついてくる少女。
「ちょっと、そういうのほんと大丈夫だから……!」
なんとか引き剥がすと、今度は目を潤ませて上目遣い。
「私じゃ、ダメですか……?いっぱい尽くしますから……」
「アプローチ変えてもダメ!」
むぅ!と頬を膨らませ、ダンダンと床を踏み鳴らす。
「ちょっとくらいいいじゃろうが、ケチケチするでない!」
俺は少し考える。
この少女からは、こちらに来た経緯や、元の世界に戻る方法――聞きたいことが山ほどある。
少しの血で、それが手に入るのなら。
あの2人のためになるなら、と。
「魔法的なことは分からないから、契約の話はフィオナとルッカ――あの時一緒にいた2人ね。あの2人がいる時にすること」
指を一本立てて条件を示す。
「その時に、こっちの聞きたい情報をちゃんと全部話すこと」
もう一本。
「あと、よしのちゃん(仮名)はやめて、ちゃんとした名前を教えること」
言い切ると、少女の顔がぱぁっと明るくなった。
「うむ、いいじゃろう!」
勢いよく頷く。
「久しぶりに血が飲めるのじゃ……長かったのぅ……」
そう言って、じわりと目に涙を浮かべる。
……なんというか。
「……大丈夫?そんなに飢えてたの」
「うるさいわ!」
即答だった。
やっぱりどこか、残念なやつだなと思ってしまうのだった。




