謎の少女
「食事を提供してくれたこと、感謝するぞ」
妙に気位が高そうな少女は、腕を組みながら若干見下すような目線でそう言い放った。
身に纏う真っ黒なワンピースドレスは、元は良いものなのだろうが、ところどころ擦り切れ、引っ掛けた跡もあり、少し薄汚れている。長い白髪に赤い目。妙に艶っぽく視線を集めるその見た目に、俺は――綺麗な人ではあるんだけど……と、どこか引っかかる感想を抱いた。
「ちょっと、見すぎじゃないかしら」
フィオナの、少し冷めた視線に気付く。
「べ、別にそんなに見てないよ。変わった人だなって思っただけで」
本人が目の前にいることも忘れて言い訳をする俺に、フィオナは呆れたようにため息をついた。
「痴話喧嘩は後にするんだぞ」
「「違うから(違いますから)」」
ルッカの一言に、俺とフィオナの反論が見事に被る。
「仲が良さそうじゃのう」
少女はニヤニヤと楽しそうにこちらを見ている。
少しだけイラッとした。八つ当たりかもしれないが、食事を与えてからかわれる筋合いはない。
「で、君は誰なのかな」
少し強めの口調で問いかける。
「そうじゃなぁ……よしのちゃん(仮名)とでも名乗っておこうかの」
仮名って言ってる時点で名乗る気ないよな、それ。
「飯の恩はまた今度返そうぞ!ではな!」
そう言った瞬間――
気付けば、少女の姿は消えていた。
「なんだったんだ……」
呆然と、さっきまで少女がいた場所を見るが、そこにはもう何もない。
「まぁ、詳しいことは家に帰ってから話しましょう」
「そうだな」
2人は何か知っている様子だ。帰ったら話を聞こう。
「楽しい夏祭りの最後がこれって、なんか締まらないね」
俺の言葉に、2人は苦笑いで頷いた。
⸻
「で、何か知ってるの?」
家に帰り、フィオナが3人分の飲み物を用意してくれた。俺はコーヒー、フィオナは冷たいお茶、ルッカは買ってきた炭酸飲料を手にしている。
「あの女、吸血鬼よ」
吸血鬼。
この世界でも古くから語られる怪物だ。映画や漫画でよく見る存在だが、あくまでフィクションのはずだ。
「よく映画とかで見る吸血鬼?」
「似たような存在ではあるわ。微かにだけど、あの女から魔素が漏れていたの。あの白髪に赤い目、そして魔素……間違いなく私たちの世界の吸血鬼よ」
「でも不思議なんだぞ。世界を跨ぐような転移魔法なんて存在しないはずなんだぞ」
フィオナとルッカが来た時の魔法陣――あれは転移魔法とは別物らしい。
「何かの事故か、それとも移動する手段を見つけたのか……一度話を聞く必要がありそうね」
帰る手がかりになるかもしれない。
そう思うのに、なぜか胸の奥が少しだけざわついた。
「吸血鬼ってことは血を吸うんでしょ?早く見つけないとまずいんじゃない?その……人が死んだりとか」
恐る恐る最悪のケースを口にする。
「それはないから安心してちょうだい」
即答だった。
「血は飲まないの?吸血鬼なのに?」
そういえば、さっきは空腹で倒れていた。血を吸えるなら、あんな状態にはならないはずだ。
「盟約に縛られているなら、血は吸えないんだぞ」
「盟約?」
フィオナが説明を引き継ぐ。
「昔は好き放題していたらしいけれど、翻訳魔法が完成してから、他種族と盟約を交わしたのよ。“契約を果たさない限り血を吸わない”って」
「吸血鬼なのに、それでいいの?」
「別に飲まなくても死にはしないんだぞ。血は嗜好品みたいなものなんだぞ」
なるほど、おやつ感覚か。
「そもそも、飲みすぎて問題になることが多かったのよ。自業自得ね」
フィオナは肩をすくめる。
「多分あいつはまた来るんだぞ。頼まれても血はあげない方がいいんだぞ」
「分かったよ」
素直に頷いたその時だった。
くいっ、とズボンの裾が引っ張られる。
視線を落とすと――
イーリンがいた。
「あ……」
やってしまった。
お土産、完全に忘れていた。
ジュースもかき氷も、全部あの少女の腹の中だ。
「いたいいたい!」
思いっきり足を踏まれる。
結局、ルッカが釣ってきたヨーヨーを渡すことでなんとか機嫌を直してくれた。
ぽよんぽよんと弾ませて遊ぶイーリンは、すっかり上機嫌だった。




