海へ向けて
「海の日の日程が決まったよ」
晩の食事中に俺がそう言うと、二人は「楽しみね」「待ってたんだぞ!」とそれぞれ喜びの声をあげる。俺の仕事は定休日が存在しないので、事前に休みたい日を決めて取っておく必要がある。ただ、いつでもいい訳ではなく比較的忙しくない日を狙うことになるのだが、うちの地域では火葬場が友引の日は休みになるので、その日は比較的休みが取りやすくなるのだ。
「移動は電車になるなら、あんまり沢山の荷物だと大変だから気をつけてね。水着、楽しみにしてるよ」
前にフィオナに水着は当日のお楽しみと言われた俺が、からかい混じりにそう言うと、フィオナの顔がほんのり赤くなる。
「楽しみにするのはいいけれど、期待しすぎるのもやめてちょうだいね」
そう言ってふいっと顔を逸らすフィオナ。
「ルッカの水着も楽しみにするんだぞ」
にこにことルッカが言うので、無言で頭を撫でると嬉しそうにはにかんだ。
食事を終え、順番にお風呂に入っていると脱衣所の方からフィオナの「うそ……そんな……」という悲痛な声が聞こえてきた。
「どうしたの?大丈夫?」
外から声を掛けると、「ひえっ」と驚きが漏れたような声が聞こえた。
「な、なんでもないのよ。気にしないでちょうだい。おほほほほ……」
これは触れてほしくないやつだな、と俺は理解した。
「分かった、何かあったら言ってね」
そう言うとダイニングに戻り、ルッカと一緒に見ていたテレビを再び見始める。
「なんだったんだぞ?」
「分からないけど、問題はないみたいだよ」
テレビから目を離さずに言うルッカに簡潔に答える。番組では今、ホラー特集をやっている。
「この幽霊って、要はレイス系の魔物なんだぞ?」
魔物はいないと言ったが、幽霊というものは理解しづらいらしい。確かに説明を求められると非常に答えるのが難しい。
「えーと、魔物ではないよ。前に魔物はいないって言ったけど、どんな種類であれ魔物ではないから」
「魔物じゃないけどレイスのように透明になったり透けたりする……どうやって生きてるんだぞ?」
「いや、生きてはないから幽霊なんだけど……」
取り留めのない会話を楽しむ、俺とルッカだった。
翌日、凪が出かけたのを見送ったフィオナはトレーニングウェアに着替えていた。
「その格好はなんだぞ?」
黒の薄いタイツの上から動きやすい青のショートパンツ、上半身も汗を吸う素材でできた青色のウェアを着て、頭にはサンバイザーを被っている。
「動きやすいトレーニングウェアよ?」
「それは見たら分かるんだぞ。急に運動を始めるんだぞ?」
不思議そうに見るルッカに、フィオナは悔しそうな顔で拳を握り込む。
「海に行く日が決まったのよ?それまでに体を鍛えて絞り込むのよ!」
「……太ってたんだぞ?」
海に行く日を見据えた短期目標を告げたはずなのに、返ってきたのはそんな心ない発言だった。フィオナはルッカにコブラツイストを決めた。
「ルッカは別に太ってないからいいんだぞ」
その言葉に、うっかり殺意を抱きそうになったがなんとか耐えて外に出た。市営住宅の団地の周りを走り、それだけでは飽きるので少し景色が良さそうな所を目指すことにする。途中で以前吠えられた大型犬と再会し、リベンジとばかりに触ろうとするが前より吠えられて泣きそうになったり、歩道橋を渡ろうとしている老婆の荷物を持ってあげたり、道端に落ちていた缶を拾ってゴミ箱に捨てたりしながら、結構な距離を走った。
家に帰ると、ルッカは部屋で作業をしているようでダイニングは無人だった。とりあえず沢山汗をかいたのでシャワーを浴びようと脱衣所に着替えを持って入る。シャワーのついでに湯船も掃除してさっぱりしてから風呂場を出ると、体重計に乗る。
「す、少し減っているわ!」
誤差みたいな数字だが、塵も積もればなんとやらだ。最近は肉もよく食べるようになったが、海に行くまでは野菜中心にしようと心に決めた。毎日それから走り込みを続けたが、筋肉痛にも見舞われたのは余談である。




