魔境
「今日は、収穫よ!沢山美味しいご飯をつくるわ!」
満面の笑みのフィオナが、仕事から帰った俺を出迎えると、ルンルンと小躍りしながらベランダへ収穫に向かった。それを見て、俺もルッカも自然と笑顔になる。
「それにしても早かったね。種をまいてまだ3ヶ月くらいじゃない?」
桜が咲く時期に2人がやって来てから数日後に植えた作物を、夏に入る前に収穫できるのだ。恐ろしく早い。
「元の世界だとこうはいかないんだぞ。さすが日本の肥料なんだぞ」
「魔法のない世界で育っていると、魔法のすごさに圧倒されちゃうね。せっかくだし、収穫手伝わせてもらおうかな」
俺は座っていた椅子から立ち上がると、ルッカが「ルッカも手伝うのだ!」と言いながらついてきた。ベランダに続く窓を開けながら声をかける。
「フィオナ、手伝おう……」
「きゃぁぁぁぁぁぁ!!」
最後まで言うことができなかった。窓を開けた瞬間に響いたフィオナの叫び声に、俺は慌てて声を上げる。
「フィオナ!大丈夫!?」
目の前に広がっていた光景は、まさにカオスと呼ぶにふさわしかった。大丈夫ではないことは一目で分かったのだが、反射的にそう声をかけてしまったのだ。
「な、なんなんだぞ!?」
ルッカにも原因が分からないその惨状は、にんじんが赤ん坊のように転がりながら大声で泣き叫び、レタスは陽気に歌いだし、ネギが頭をぶんぶん振り回し、苺は苺同士でラブラブ空間を作っているという、常識では説明できない光景だった。
「まさに混沌……」
俺は呆然とその風景を眺めていたが、はっと我に返る。
「フィオナ、どこ!?」
ルッカと一緒にフィオナを探すと、すぐに見つかった。大根を植えていたであろうプランターの前で、1株の大根……のような、手足のようなものが生えた大根を握りしめたフィオナが、死ぬほど驚いた顔のまま泡を吹いて倒れていた。
「フィオナー!!」
他人にとても見せられないような顔をしたフィオナを、ルッカと一緒に担ぎながらダイニングへ運ぶ。ソファーに寝かせると、俺はベランダの窓をしっかり閉めて鍵をかけた。
「一体どうしてこんな事に……」
「分からないんだぞ……とりあえずフィオナが起きるのを待つしかないんだぞ……」
フィオナは中々目を覚まさなかった。
夕方になって、やっとフィオナが起き上がる。悲壮感を漂わせながら、俺が入れたコーヒーを静かに飲んでいた。
「いったいどうしたの?ベランダが魔境になってたけど……」
フィオナはこちらをちらっと見ると、ふいっと視線を逸らす。
「……多分、魔法が原因よ」
ルッカがきょとんとして聞き返す。
「魔法?なんでなんだぞ?魔法で成長を少し早めるくらいは、いつもやってたんだぞ」
元の世界では、成長させすぎると栄養が足りなくなると言っていた。つまり、栄養が足りている範囲でなら、少し成長させることは出来るということだ。
「ルッカは、満月草は知ってるわよね?」
フィオナの問いに、ルッカは少し戸惑いながら答える。
「もちろん知ってるんだぞ。満月の日にだけ綺麗な花を咲かせる、貴重な薬草なんだぞ」
フィオナは「そうよ」と頷きながら話を続けた。
「満月草には魔素が含まれていない、珍しい特徴があるのだけれど……採取する時も含めて、近くで魔法を使ってはいけないと言われているわ。何故なら、魔力を受けると変質してしまうからよ」
なるほど、つまり……
「この世界の植物は魔素を含んでいなかったから、変質してしまった……?」
フィオナは疲れた顔でため息をついた。
「多分そうよ。そもそも魔力という概念がない世界だもの。そこまで考えが及ばなかった私が愚かだったのよ……」
膝に顔を埋めて、フィオナはすんすん泣き出してしまった。




