魔法とは
翌朝、目を覚ますと窓の外には明るい日差しが差し込み、昨夜の台風がまるで嘘だったかのように空は澄み渡っていた。雨風は完全に止み、静かな朝の空気が部屋を満たしている。あれからどうなっただろうかと気になって部屋を出ると、ちょうどフィオナとルッカも同じタイミングで廊下に出てきたところだった。
「おはよう、昨日はお疲れ様」
「おはよう、凪。昨日は……倒れて迷惑をかけてしまったわね。ごめんなさい」
そう言いながらも、フィオナの視線は無意識のうちにベランダの方へ向いている。やはり作物のことが気がかりなのだろう。
「ビニールシートはちゃんと固定できてたんだぞ。飛んでなかったんだぞ」
ルッカが安心させるように言うと、フィオナは胸に手を当ててほっと息を吐いた。
「謝る必要はないよ。ありがとうの方が嬉しいかな。一緒に住んでるんだし、迷惑なんてお互い様だろ。とりあえず無事かどうか見に行こう」
「……ええ、ありがとう」
三人でベランダへ出ると、ビニールシートはしっかり固定されており、プランターも無事だった。作物への被害はない。それどころか、俺はそこで妙な違和感を覚える。種を蒔いてからまだ数日のはずなのに、プランターいっぱいに緑が広がっている。葉は瑞々しく、茎はしっかりと伸び、明らかに成長が早すぎる。
「……なんか、成長速度おかしくないか?」
フィオナが少し得意げに微笑む。
「少しだけ魔法で成長を助けているのよ。急激に促進すれば栄養が追いつかなくて枯れてしまうけれど、土と肥料が優秀だから今のところは問題ないわ。この調子なら収穫もそう遠くないでしょうね」
嬉しそうに葉を撫でるその姿は、本当に楽しそうだった。
「これで野菜も果物も食べ放題なんだぞ」
ルッカの言葉に思わず笑ってしまうが、その目はちゃんとフィオナと作物を気遣っている。ベランダから戻り、俺はポットで湯を沸かしてコーヒーを三人分淹れ、テーブルに置いた。湯気が立ちのぼる中で一息つきながら、ふと思ったことを口にする。
「それにしても、魔法ってすごいな。なんでも出来そうに思える」
するとフィオナとルッカが顔を見合わせ、ほぼ同時に首を振った。
「何でもは出来ないわ」
「出来ないんだぞ」
フィオナはカップを置き、少しだけ真面目な表情になる。
「魔法には決まりがあるの。体の中には魔法回路があって、そこに魔力を循環させる。そして『どこに』『どれだけ』『どんな規模で』『どんな現象を起こすのか』を指定するのよ。それをひとまとめに魔法式と呼ぶわ」
「遠い場所を指定すれば、それだけ魔力が必要になるし、規模を大きくすれば制御も難しくなるんだぞ。指定が噛み合わなければ失敗するし、無茶をすれば回路に負担がかかるんだぞ」
俺は思わず背筋を伸ばす。
「回路って……壊れたりするの?」
「理論を理解せず、破綻した式を何度も無理やり通そうとすればね。だから新しい魔法を作るときは、段階を踏んで何度も検証するの。完成した魔法は魔法教会が買い取って管理し、魔法書として流通するわ」
なるほど、万能に見えて実はとても繊細で理屈の上に成り立っているものなのかと理解する。俺はコーヒーを一口飲み、ふとじいちゃんからもらった本のことを思い出した。
「あの本の魔法陣も、同じ仕組みなのかな?」
フィオナの視線がゆっくりと俺に向く。その目は先ほどまでの柔らかさとは違い、研究者のそれだった。
「……聞きたい?」
静かな問いかけに、自然と背筋が伸びる。
「あれは、普通の魔法陣とは少し違うわ。魔法回路を前提とした理論とは、構造そのものが異なっている可能性があるの」
空気がわずかに張り詰める。
「少し長くなるけれど、それでも聞く?」




