襲いかかる台風
外は大雨だった。横殴りの風が唸るように吹きつけ、激しい雨粒が容赦なく窓を叩き続けている。その音を聞いているだけで、台風が本気で暴れているのだと分かるほどだった。
俺はコーヒーを片手に、ときおり休憩を挟みながら資格の勉強をしていた。さっきからフィオナはずっとベランダで何やら作業をしていて、さすがに気になって「手伝おうか?」と声を掛けたのだが、「大丈夫だから勉強してなさい」ときっぱり言われてしまった。心配ではあるが、本人が要らないと言う以上、無理に手を出すわけにもいかないので、大人しく机に向かっている。
ふと視線を上げると、ソファーでテレビを見ているルッカが、画面を眺めながらもちらちらとベランダの方を気にしているのが目に入った。
「フィオナが心配?」
そう声をかけると、ルッカは一度こちらを振り返ってから小さくため息をつく。
「せっかく育てた野菜や果物が無駄になったら勿体ないぞ。……フィオナも無理し過ぎないか心配だぞ」
最後の方は少し小声だったが、作物だけでなくフィオナのこともちゃんと気にしているのだと分かる。俺も同じ気持ちだった。どうかどちらも無事であってほしいと願いながら、意識を切り替えるように再び参考書へと目を落とす。
しばらくすると、ガラリと勢いよくベランダの窓が開き、フィオナがダイニングへ飛び込んできた。
「ごめんなさい、少しだけ手伝ってもらってもいいかしら」
慌てた様子でそう言うフィオナの髪や袖は雨でしっとり濡れていて、事態が思った以上に深刻なのだと察する。俺とルッカはすぐに立ち上がり、三人でベランダへ出た。
見ると、ビニールシートの結び目が所々ほどけ、強風に煽られて今にも剥がれそうになっている。いくらしっかり結んでも、この風では限界があるのだろう。
「普通に固定しているだけじゃ持たないわ。魔法で風を防ぐから、その間に結び直してちょうだい!」
そう言ってフィオナは小声で呪文を唱え始める。すると俺たちの周囲だけ、明らかに風が弱まった。完全に止まっているわけではないが、作業が出来る程度には抑えられている。
俺とルッカは急いでほどけた紐を結び直していく。濡れた紐は指に食い込み、風はそれでも容赦なく体を揺らすが、必死に手を動かし続ける。やがて全ての結び目を締め直し終え、これで大丈夫だと確認してフィオナの方を見ると、その表情が明らかに辛そうになっているのに気付いた。
「かなり魔力を持っていかれてるんだぞ。このまま使い続けたら倒れてしまうぞ」
ルッカの言葉に、胸がざわつく。
「フィオナ、大丈夫!?」
声をかけると、フィオナは少し青い顔をしながらも、覚悟を決めたようにぐっと顔を上げる。
「残りの魔力で、ビニールシートを固定するわ。ギリギリ足りるとは思うけれど、もし倒れたら悪いのだけれど部屋まで運んでもらえるかしら」
冗談ではない、本気の声音だった。次の瞬間、俺にもはっきり見えるほどの緑色に光るモヤがフィオナの体から溢れ出し、ビニールシート全体を包み込むように広がっていく。風に煽られていた端が、柱や手すりに吸い付くように固定されていくのが分かる。
やがて光がふっと途切れたと思った瞬間、フィオナの体が後ろへ傾いた。
慌てて腕を伸ばし、その体を抱き止める。
「フィオナ、フィオナ!」
呼びかけても返事はないが、呼吸はある。
「大丈夫なんだぞ、魔力切れで倒れただけだぞ。休めば問題ないんだぞ」
ルッカの言葉に少し落ち着きを取り戻し、俺はフィオナを抱えたままベランダを出てダイニングへ戻る。
「ルッカ、バスタオルとフィオナのスウェット持ってきて」
そう頼むと、ルッカはすぐに走って取りに行く。濡れたままでは体を冷やしてしまうので、「ルッカ、フィオナを拭いてあげて」と任せ、俺は一度部屋を離れた。
やがて「終わったぞ」と声がかかり、戻るとフィオナは着替えさせられてぐったりとしているが、穏やかな寝顔をしている。俺は改めて抱き上げ、フィオナの部屋の布団にそっと寝かせた。静かな寝息を立てているのを確認して、ようやく胸の奥の緊張がほどける。
ダイニングへ戻ると、ルッカがこちらを見上げる。
「フィオナも作物も大丈夫かな」
そう呟くと、ルッカは優しい顔で頷いた。
「しっかりビニールシートは固定出来ていたんだぞ。フィオナも明日には元気になってるんだぞ」
その言葉に少し安心し、俺はコーヒーを一口飲むと、「ありがとう」とルッカに礼を言ってから再び参考書に向き合った。誰かが全力で守ろうとしたものがあるのなら、俺もまた自分のやるべきことをきちんとやろうと思えたからだ。




