報連相は大事です
「ただいまー」
凪が家に帰ると、廊下の奥からどたどたと騒がしい足音が響き、そのまま勢いよくルッカが飛び出してきた。
「おかえりなんだぞ!」
満面の笑みで迎えてくれるルッカの姿を見て、凪は一瞬言葉を失う。……ライオンの着ぐるみだった。ふわふわのたてがみ付きフードに、丸い尻尾まできちんと付いている。元気いっぱいのルッカには驚くほど似合っているのだが、なぜライオンなのかという疑問が先に立つ。
困惑していると、後ろからフィオナがやれやれと肩を竦めた。
「今日、服を買いに行ったのよ。家の中で着るスウェット以外は元の世界の服しか無かったでしょう? 申し訳ないけれど、早速お金を使わせてもらったわ」
「服買ったぞ!」
ルッカはそう言って両手を広げ、「ガオー!」とライオンの真似をしてポーズを決める。あまりにも得意げで、あまりにも可愛らしい。凪は思わずその頭を撫でていた。もふりとしたフード越しの感触に、ルッカは目を細めて嬉しそうに笑う。
「それでね、服を選んでいたのだけれど……着ぐるみのパジャマとか、赤いサンタクロースの服とか、変なのばかり持ってくるから別のにしなさいって言って変えさせたの。でも、これだけは気に入ったらしくて、どうしても買うって聞かなかったのよ」
フィオナはどこか申し訳なさそうだが、当のルッカは胸を張って尻尾を揺らしている。
「大丈夫だよ。欲しいものは買っちゃって。我慢させる方が俺は嫌だな」
凪がそう言うと、フィオナは小さく息を吐いて安堵の表情を浮かべた。どうしても金銭のことになると遠慮してしまうらしい。
「それとね、植物の種とプランターを買ったのだけれど、ベランダで育ててもいいかしら。野菜や果物が収穫できたら節約にもなると思うの」
そう言って取り出されたのは、想像していたよりもずっと多いプランターと種の袋だ。真面目な彼女らしい選択だが、どう見ても量が多い。
「ちょっとプランターの数、多くない? 全部は置けないんじゃないかな」
凪がそう言うと、フィオナは意味ありげに微笑んだ。
「まぁ、見てなさい」
ベランダへ続く扉をガラガラと開け、外へ出ると、フィオナはすっと姿勢を正し、静かに呪文を唱え始める。聞き取れない言葉が空気を震わせ、次の瞬間、空間そのものがぐにゃりと歪んだ。
ベランダが、押し広げられるように伸びていく。
「うわぁ!?」
思わず後ずさる凪の前で、さきほどまでの倍以上の広さに変わったベランダがそこにあった。外から見れば変わらないのかもしれないが、内側から見る景色は明らかに別物だ。
振り返ったフィオナが、得意げに顎を上げる。
「外からは普通のベランダに見えるわ。これで沢山育てられるでしょう?」
そう言うや否や、さっそくプランターを運び出し、整然と並べ始める。
「これ……凄いけど、大丈夫?」
半ば呆れ、半ば感心しながら尋ねると、フィオナは自信満々に言い切った。
「問題ないわ。この程度の広さなら、目を瞑っていても出来るわよ」
その横で、ルッカが胸を張る。
「前に話した翻訳の魔法、覚えてるか? あの魔法を編み出した魔法使いが作った魔法なんだぞ。他にも沢山の魔法を生み出した天才なんだぞ」
珍しく得意げに魔法の解説をするルッカに、凪は思わず感心する。
「この魔法を鞄に付与すれば、いわゆるマジックバッグになるのよ。付与魔法はドワーフの種族だけが知る一子相伝の魔法で、門外不出なの」
なるほど、と凪は納得する。だからルッカも詳しいのか。
やがて全てのプランターが並び終わり、フィオナは手際よく土を入れ、種を植えていく。その横顔は真剣そのものだ。
「色々調べたのだけれど、肥料や土にも種類があるのよね。しっかり研究して、ぜひ元の世界にこの知識を持ち帰ってやるわ」
強い決意を宿した瞳でそう言い、「そのためにも、この家庭菜園は最適なのよ」と力強く言い切る。
「美味しく育つといいね。出来たら、みんなで食べよう」
凪が笑いながら「美味しい野菜や果物、期待してるよ」と言うと、フィオナは任せなさいと言わんばかりに自分の胸を軽く叩いた。その自信に満ちた様子を見て、きっと大丈夫だろうと、凪は素直にそう思えた。




