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異世界の王女は現代で異世界の夢を見るか  作者: うあこ
第四章 二人の王女とお店経営
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賢いうさぎ

 その後、うさぎを交代で見ながら俺たちは風呂を済ませ、今日は早めに休むことにした。流石に一日中遊び倒した疲れが残っている。特にルッカは限界だったらしく、風呂から上がるなり「もう無理なんだぞ……」と半分寝ながら部屋へ消えていった。俺も明日は仕事だし、フィオナたちも店を開ける以上、いつまでも起きている訳にはいかない。


 我が家へやって来たうさぎは、驚くほど大人しかった。モリモリと牧草を食べ終えると、自分からルッカの作った小屋へ入っていき、そのまま丸くなって寝息を立て始めたのである。


「この分なら問題なさそうだね」


「ええ、いい子で助かるわ」


 寝る前に様子を見ていた俺とフィオナは、その落ち着いた姿にほっと胸を撫で下ろしていた。環境が変わったばかりだから落ち着かないのではと思っていたが、どうやら杞憂だったらしい。小屋の中で耳をぴくぴくと動かしながら眠る姿は、見ているだけで頬が緩んでしまうほど愛らしかった。


「この子の名前も考えないとね」


「明日みんなで考えましょう。疲れた頭では、きっといい案も出てこないもの」


「確かにそれもそうか」


 小さく笑いながらうさぎを見下ろす。幸せそうに眠るその姿を見ていると、自然とこちらまで穏やかな気持ちになってくる。


「そろそろ寝ましょうか。明日に響くわ」


「うん、そうしよう」


 うさぎも問題なさそうだし、俺たちも休もうと部屋へ向かおうとした、その時だった。服の裾を、ちょんと軽く引っ張られる。


「フィオナ?」


「……その、おやすみなさい」


「? おやすみ」


 何か言いたげな様子ではあるが、ひとまず返事をして歩き出そうとすると、また裾を掴まれた。


「あの、フィオナさん?」


「だから、おやすみなさいって言ってるのよ」


「いや、うん……だから俺も――」


 そこまで言い掛けたところで、ぷくーっと頬を膨らませるフィオナを見て、俺はようやく何か間違えたらしいと気付く。


「えっと、どうしたの? 何か怒ってる?」


「もう知らないわ!」


 ぷいっと顔を逸らして部屋へ向かおうとするフィオナの腕を、俺は反射的に掴んでいた。


「待って、フィオナ」


 呼び止められたフィオナは、顔を背けたまま動かない。


「何か気になる事があるなら言ってよ。俺、こういうの鈍いところあると思うし……」


 ゆっくりと振り返ったフィオナの瞳は、ほんのり潤んでいて、俺はどきりと胸を鳴らした。


「別にいいわ。凪だしね」


 そう言いながらも、フィオナはふっと柔らかな笑みを浮かべる。


「だから、教えてあげるわ」


 次の瞬間には、目と鼻の先にフィオナの顔があった。


 唇に柔らかな感触が触れる。甘い香りが鼻先を掠め、頭が真っ白になった。


 軽く触れるだけの口付け。それでも心臓が壊れそうなくらい跳ね上がる。


「言葉にしなくても……こういうのは察して欲しいわね」


 耳まで赤く染めながらそう呟くフィオナを見て、俺は自分の鈍さが情けなくなった。


 だから今度は俺から、そっとフィオナを抱き寄せる。


 驚いたように揺れるエメラルドの瞳を見つめながら、ゆっくりと唇を重ねた。


「ありがとう。好きだよ」


 照れているのか、嬉しいのか、自分でも分からないような顔をしたフィオナは、少しだけ視線を逸らしながら、それでもちゃんと答えてくれる。


「……私も、好きよ」


 その後もしばらく、俺たちはそんなやり取りを繰り返していた。


 気付けば最初に「おやすみ」を言ってから三十分ほど経っていて、名残惜しさを抱えながらようやくそれぞれの部屋へ戻る。


 静かな夜だった。


 時折、うさぎが目を覚まして小屋の中を走り回る小さな音が聞こえる。その合間に、俺のくぐもった声と、フィオナの押し殺した吐息が僅かに家の中へ溶けていった。


 誰にも気付かれなかったのは、きっと幸運だったのだろう。


 翌朝、目を覚ました俺はいつも通り身支度を整える。ダイニングの方からは朝っぱらから元気な物音が聞こえてきていた。多分うさぎだろう。調べてみたところ、うさぎは朝方と夕方が最も活発になるらしい。


「おはよう」


 ダイニングへ向かうと、案の定うさぎが元気いっぱいに走り回っていた。


「おはよう、凪。もうすぐ朝ごはんが出来るから、ルッカを呼んできて貰えるかしら」


「分かった」


 俺はルッカの部屋へ向かい、扉を軽く叩く。


「ルッカ、朝ごはんだよ」


「んあー……」


 眠たそうな声が返ってくる。どうやら目は覚めたらしい。


「おはよう、ルッカ。朝ごはん出来るってさ」


「ん……分かったんだぞ」


 今度ははっきり返事が返ってきたので安心してダイニングへ戻る。


「もうすぐ来ると思うよ」


「ええ、ありがとう」


 その後、爆発したような寝癖を引っ提げて現れたルッカを洗面台へ押し込み、なんとか身支度を整えさせてから三人で朝ごはんを食べ始めた。


「今日帰ってきたら、みんなで名前決めようか」


「そうするんだぞ」


 ルッカは料理を食べる手を止めたまま、もう名前候補を考え始めている。


「後でいくらでも考える時間はあるのだから、今は食べるのに集中しなさい」


「はーいなんだぞ」


 フィオナに注意され、ルッカは慌てて朝食へ戻った。


「そういえばさ、調べたんだけど、うさぎってドッグランみたいに遊べる場所があるといいらしいよ」


 俺はスマホに表示したラビットランの画像を二人へ見せる。


「なるほど、金網で囲って猛禽類対策をしておけば良さそうなんだぞ」


 画像を見ながらルッカがうんうんと頷く。


「作れそう?」


「これくらいなら余裕なんだぞ。合間に作っておくんだぞ」


「ありがとう。お願いしようと思ってたんだ」


 こういうのは完全にルッカの独壇場である。頼んでおけばまず間違いない。


 和やかな時間を過ごしながら朝食を終え、出勤の準備を済ませた俺は玄関へ向かった。


「それじゃ、今日もお互い頑張ろうね」


「ええ、いってらっしゃい」


 フィオナに見送られて外へ出る。冬の空気は冷たいが、空は綺麗に晴れていた。


 しばらくして、ダイニングに黒いモヤが広がる。


「来たぞ」


 カルミラがセレフィアを連れて姿を現した。店がある日は、こうして毎日送り迎えをしてくれている。


「いつも悪いわね」


「なに、気にするでない。こちらも世話になっておるからのう」


「やっほー! 今日も元気に働きに来たよー!」


 セレフィアは相変わらず朝からテンション全開だった。


「む? うさぎか」


 カルミラが小屋の中で眠っているうさぎへ目を向ける。


「かわええのう……イリスは元気じゃろうか」


「? うさぎとイリスって何か関係があるのかしら」


「ああ、言っておらなんだか。イリスはうさぎの獣人なのじゃ」


 その言葉にフィオナは目を丸くした。


 獣人にも様々な種族が存在するが、うさぎの獣人は特に珍しい。臆病な性質ゆえ、人前に姿を現す事がほとんどないからだ。


「この子は随分人懐っこいみたいだし、関係は無さそうね」


「何か心当たりでもあるのかの?」


 カルミラの視線が鋭くなる。


「そこまで大した話ではないのだけれど、この子、魔素が漂っていた場所にいたのよ。凪が以前見掛けたうさぎと同じかもしれないって」


「ふむ……確かに怪しくはあるが」


 カルミラがじっと見つめていると、視線に気付いたのかうさぎが目を覚ました。


 次の瞬間、ぴょんっと飛び跳ね、そのままカルミラの胸へ飛び込む。


「うおっ!? なんじゃ!?」


 抱き留められたうさぎは、そのままカルミラの胸へ収まっていた。


「凄く懐かれているわね」


「珍しいのう。犬猫は大体わしを見ると唸るのじゃが」


「そうなの?」


「本能で人ではないと理解しておるのかもしれん」


 フィオナは半信半疑といった様子で首を傾げる。


「まぁそれは置いておくとして、どれだけ怪しかろうと、こやつがイリスである可能性は低いじゃろうな」


「そうなの?」


「イリスは完全獣化も出来るが、もっと大きいし禍々しいのじゃ。近付くだけで首をへし折られそうな圧がある」


「そんなに強いのね」


「強いぞ? 気弱なのが玉に瑕じゃがな」


 なるほど、とフィオナは納得したように頷く。


「せっかくじゃし、まだ名前が決まっておらんならイリスちゃんとかどうじゃ?」


 冗談っぽく笑った瞬間だった。


 うさぎの後ろ足が、カルミラの胸を器用に蹴り飛ばす。


「痛っ!? なんじゃ、怒っとるのか!?」


「名前が気に入らなかったのかしら」


 なおも執拗に蹴り続けるうさぎに、カルミラがとうとう折れた。


「分かった分かった! 名前案は白紙じゃ!」


 途端に蹴りが止まる。


「……本当に賢いわね」


「まるで言葉を理解しておるようじゃ」


「理解してるって言いたいんじゃない?」


 再びカルミラが蹴られた。


「痛いわっ!」


 失礼じゃ、とでも言いたげな顔をしているように見える。


「かわいいねー。あーしにも抱っこさせてよ」


 ずっと眺めていたセレフィアがうさぎを抱き上げると、うさぎは「きゅー」と鳴いた。


「あはは、やっぱかわいい! 真っ白だし、白玉とかましろとかどう?」


「候補には入れておきましょうか」


 フィオナがそう答えると、うさぎは小さな欠伸をした。


 その仕草があまりにも愛らしく、みんなして「かわいい」と騒ぎ出す。


 そんな賑やかな声の向こう側、庭からはカン、カン、と小さな金属音が響いていた。きっとルッカが、早速ラビットラン作りを始めているのだろう。

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