ペットがやってきた
「結局、夜まで楽しんじゃったね」
夜はパーティーをしてプレゼント交換をしようと話していたのに、結局ユ〇バが楽しすぎて、気付けば閉園時間近くまでしっかり遊び倒してしまっていた。
「まぁ楽しかったしいいんじゃないかしら。パーティーはまたいつでも出来るもの」
そう言ってフィオナは、隣でうとうとと船を漕いでいるイーリンの頭を優しく撫でる。こくり、こくりと揺れるその姿は、傍から見れば遊び疲れた小さな子供そのものなのだが、実際は大根なので冷静に考えるとかなりシュールな光景だった。
「イーリンはもうぐっすりなんだぞ」
そう言うルッカもかなり眠そうで、必死に目を開けようとしている。朝から晩まで全力で遊んでいたのだから無理もない。
「ゼラももう限界のようじゃな。ここらでわしらはお暇させてもらうとしようかのう」
カルミラの肩の上では、ゼラが完全に眠りこけていた。すぴー、すぴーと規則正しい寝息まで聞こえてくる。
「今って周りからはどう見えてるの? 肩の上に子供が乗ってるのは流石に無理があるよね」
「眠たそうにしておったからの。途中からぬいぐるみとして認識をズラしておる」
どうやら今のゼラは、カルミラの肩に乗った梟のぬいぐるみとして認識されているらしい。白い羽根が特徴的な、テーマパークのお土産売り場にありそうな可愛らしいぬいぐるみだ。
「あーしも、めっちゃ楽しかった! また遊ぼうね!」
セレフィアは最後まで元気いっぱいで、満面の笑みを浮かべている。その笑顔を見ていると、企画した側としてもなんだか嬉しくなってくる。
パークを出た俺たちは、人通りの少ない物陰へ移動した。カルミラは黒いモヤを出現させると、その中へゆっくりと足を踏み入れる。
「わしらも楽しかったぞ。続きはまた後日じゃな」
「うん、また」
カルミラは軽く手を振ると、そのままモヤの中へ消えていった。
「じゃ、明日もお店で!」
「ええ、よろしくね」
セレフィアも続いて飛び込んでいき、黒いモヤは音もなく消滅する。
「俺たちも帰ろうか」
「ええ、そうね」
「帰るんだぞー……」
すっかり電池切れ寸前のルッカを見ながら、俺はイーリンを抱き上げた。フィオナとルッカはぬいぐるみやお土産袋を大量に抱えているので、自然と俺が担当になる。
電車へ乗り込み、ガタンゴトンと揺られていると、ルッカはもう限界らしくふらふらと頭を揺らしていた。
「着いたら起こしてあげるから、寝ててもいいわよ」
「ありがとうなんだぞ……」
そう言った次の瞬間には、鼻ちょうちんを膨らませながらすぴーと寝息を立て始めていた。本当に寝付きがいい。
「気持ちよさそうに寝てるね」
「ほんとね」
俺とフィオナは自然と顔を見合わせながら、ルッカの寝顔を覗き込む。幸せそうに口元を緩め、鼻ちょうちんが膨らんではしぼみを繰り返している。遊び疲れて完全に無防備になっているその姿は、見ているだけでなんだか頬が緩んでしまった。
ルッカは座席の端にもたれかかり、その隣にフィオナ、更にその隣に俺が座っている。イーリンを片手で抱えながら覗き込んでいた姿勢から座り直そうとした時、不意に空いていたもう片方の手がフィオナの手に触れた。
「あ、ごめん」
「なんで謝るのよ。私たち……その、付き合っているのよね」
恥ずかしそうに視線を逸らしながらそう言うフィオナに、俺はそっと手を重ねた。
「凪?」
「そうだね。付き合ってるんだよね。せめてこうして繋いでよっか」
「ええ、そうね……ちょっぴり恥ずかしいけれど、付き合っているのだものね」
二人して顔を赤くしながらも、その手を離すことはなかった。電車の揺れに合わせて時折肩が触れ合う度に、妙に意識してしまって心臓が落ち着かない。
「ルッカ、着いたわよ」
「ん〜……」
最寄り駅へ到着し、ルッカを起こして電車を降りる。
「大丈夫? 歩ける?」
「大丈夫だぞ……」
眠たそうに目を擦るルッカの両手を、フィオナと俺で左右から繋いで歩き始める。先程までの恋人らしい空気とは違い、今はどこか家族で出掛けた帰り道のような穏やかな空気が流れていた。
「こうしてると、まるで家族みたいよね、私たち」
フィオナも同じ事を考えていたのか、少し照れ臭そうに笑う。
「実際、家族みたいなもんだぞ?」
ルッカの何気ない一言に、胸の奥がじんわりと暖かくなった。
「そうだね。同じ家に住んで、一緒にご飯食べて、こうして遊びに行ったりしてさ。本当の家族より家族らしいかもしれない」
皆でそんな話をしながら歩いていると、不意にフィオナが立ち止まり、路地裏の方へ視線を向けた。
「どうしたの? フィオナ」
「凪、ベンダント持ってる?」
「あるけど」
首から下げたベンダントを服の中から引っ張り出す。
「魔素を探してみてちょうだい」
言われた通りボタンを押すと、以前と同じようにペンダントが光を放ちながら宙へ浮かび上がった。光はゆっくり収束し、路地裏の奥を指し示している。
「お、反応してる。感覚で分かるものなの?」
「なんとなく、向こうの世界に近い空気を感じたのよ。ほとんど勘みたいなものだけれど。カルミラはもっとはっきり感じているみたいだけどね」
カルミラに関しては吸血鬼だからなのか、あるいは魔道具によるものなのか、未だに分からない事が多い。本人に聞けば、きっと「ミステリアスなところもわしの魅力じゃろ?」なんて得意げに言うのだろう。
「魔素があるんだぞ? 回収して早く帰るんだぞ」
早く帰って寝たいのだろう。ルッカの言葉に俺とフィオナは苦笑しながら頷き、路地裏へと入っていく。
奥へ進むにつれ、ベンダントの光は強く明滅し始めた。そして一番奥へ辿り着いた瞬間、ふっと光が収まり、まるで何事も無かったかのように沈黙する。
「これで大丈夫かな」
用事も済んだし帰ろうかと踵を返した時、通路の隅で小さく震えているうさぎの姿が目に入った。
「あれ、前にも見たうさぎかな?」
特徴がある訳ではないのだが、以前の現場でも見掛けた気がして、何となくそう思った。うさぎは前足を怪我しているらしく、小さな傷から血が滲んでいる。
「あら、可哀想ね。治療してあげないと」
フィオナはそう言うと、その場へしゃがみ込み、小さな声で呪文を唱え始めた。淡い光がうさぎの足を包み込み、傷がみるみる塞がっていく。
「簡単な応急処置だけれど、安静にしていれば問題ないわ。一緒に来る?」
優しく話しかけるフィオナに、うさぎは耳をぴくぴく動かした後、ぴょんとその胸へ飛び込んだ。
「まぁ、人懐っこいわね」
うさぎは安心したようにフィオナの胸へ顔を埋め、ぺろぺろと頬を舐め始める。その姿が妙に愛らしくて、思わず頬が緩んだ。
「ご飯も沢山あげるから、おいで」
すると、うさぎは嬉しそうにきゅーと鳴いた。
「かわいいんだぞ」
ルッカも完全にメロメロになっており、今にも撫でたくて仕方ないといった様子だった。
「帰ったらいっぱい構ってあげるといいよ」
俺はイーリンを抱えているし、フィオナも荷物を持っている。どうしようかと思っていると、
「私がルッカの荷物も持つから、抱えてもらえるかしら」
「分かったんだぞ」
フィオナはルッカから大量の荷物を受け取ると、よいしょ、と軽々持ち上げた。前から思っていたが、本当にフィジカルが強い。
あまり長居して冷えるのも良くないので、俺たちは帰路を急いだ。
家へ戻ると、まずイーリンを庭へ運んで寝かせる。流石に勝手に植える訳にもいかないので、起きたら自分でいい感じに植わるのだろう。
「私は荷物を片付けてくるわね」
フィオナは大量の荷物を抱えたまま部屋へ向かっていく。
「この子の家はどうするぞ?」
「そうだね。作ってあげたいけど、どんなのがいいのかな」
スマホで調べてみると、うさぎは寒暖差に弱いらしく、家の中で飼った方がいいらしい。
「サクッと作るんだぞ」
「え、今から? 大丈夫?」
さっきまで眠そうだったのに、と心配になるが、ルッカは胸を張って頷く。
「家がないのは可哀想なんだぞ。簡単なのならすぐ作れるし問題ないんだぞ」
「じゃあ悪いけどお願いしていいかな」
「任せるぞ」
ルッカはそのまま作業部屋へ向かっていった。
さて、後はご飯とトイレか。俺は引き続きスマホで調べ始める。
「へー、こんな感じなんだ」
表示されたのは、トイレの奥に牧草を置き、食べながら排泄出来る一体型のセットだった。隣には水皿と、ペレットを入れる容器も並んでいる。
「今からなら間に合うかな」
時計を見ると、時刻は夜の七時四十五分。近所のホームセンターならギリギリ間に合いそうだ。
「あら、ルッカはどうしたのかしら?」
荷物を片付け終えたフィオナがダイニングへ戻ってきた。
「この子の家を作るって。俺はホームセンター行って牧草とか買ってくるよ」
「そうなのね。じゃあ私はこの子を見ているわ」
足元をうろうろ歩き回りながら部屋を観察していたうさぎを、フィオナがそっと抱き上げる。うさぎはすっかり安心したのか、大人しくその胸に収まった。
その姿を微笑ましく見ながら、俺は財布を持って家を飛び出した。
ホームセンターへ到着すると、店内には既に閉店前のホタルノヒカリが流れていた。急いで店員へ事情を説明すると、初心者向けの飼育セットを勧められる。
トイレ、給水皿、ペレット入れ、牧草入れ。必要な物を一通り揃え、牧草も抱えて急いで会計を済ませた。
そして再び走って家へ戻る。
「ただいまー!」
ダイニングへ入ると、ルッカがうさぎと遊んでいた。
「あれ、家はどうしたの?」
「もう出来たんだぞ」
俺が出てからまだ十数分程度のはずなのだが、ダイニングの隅には既に木製の小さな小屋が完成していた。
「相変わらず仕事早いなぁ……」
「ふっふっふ、職人を舐めるんじゃないぞ」
得意げなルッカに苦笑しつつ、俺も買ってきたセットを箱から取り出して並べていく。
トイレの奥へ牧草を設置すると、うさぎはすぐにぴょこぴょこと近寄ってきて、美味しそうに食べ始めた。
「かわいいわねぇ……」
その様子を見つめるフィオナは、完全に蕩けた顔になっていた。




