622話:動き出す夏2
新入生マクスの故郷ウォレンシウムには、聖女の遺物がある。
その聖女は奇跡として、治癒の魔法の名手と言われていた。
けど実際は、魔法のような薬を作れるのだとか。
そして錬金術を想起させる文言を残してた。
だったら、聖女が錬金術に触れる素地があったんだと思ったんだ。
ウォレンシウムは歴史ある国だから、八百年前にも王室は存在している。
だったら何か手がかりがあるかもしれないと思って、当時を知るオートマタのナイラに聞いたんだ。
すると、まさかのウォレンシウムの前身である国の王族が、八百年前の天才の仲間って。
「わかったことがあると言うのは本当、アズ?」
僕はマクスの屋敷で、待ちきれないイルメに促された。
目を向ければ、応接室の一角には古書や辞典、書き散らしたメモの束がある。
僕は一度イルメを止めて、聖女の日記の解読状況をマクスに聞いた。
「フェミナマントルのように、書かれたものと書き出した特徴が合致する植物を錬金術に使う植物から探しています。しかし、候補は上がるものの確定とまではいきません」
特定できない感じだけど、限りなく怪しいと言えるフェミナマントル並みの植物も見つかってるそうだ。
その上で、植物の絵ばかりか他の絵が気になり始めたとか。
「前にアズが言った、女性像は何かの様態の変化を象徴する偶像ではないかという点よ」
「そう考えると、女性の属性として考えたり、もしくは女性に関する薬で考えたり」
イルメとマクスはそっちに手が伸びて、推論が重なっているんだそうだ。
調べたりするとあるあるだよね。
僕は笑って状況を聞き、特定に近い植物や、女性像に関する考察を聞いた。
そうして話して、イルメが気づく。
「あ、アズのほうの話も聞きたいのだったわ。あの九尾の貴人たちのなさろうとすることの価値はわかるけれど、あまり時間を取られるのもいただけないわね」
「ネヴロフ先輩と他国の王族をそのままというわけにもいかない状況もわかりますが」
マクスももう夏の今、錬金術科の学生たちに慣れてきたらしい。
ネヴロフも先輩として扱いつつ、やはり平民の至らなさも気になるようだ。
「この後は音楽祭で、また舞台装置作りになるよ。そのためにウィーリャが張り切ってるから、また錬金術科で取り組むことになるだろうね」
「今年は何をするの? アズは手伝いに集中するのかしら?」
「僕は手出ししてないよ。去年からウィーリャが考えて、可能な範囲を先生たちに相談してたらしい。今年は僕たち錬金術科が音楽科に協力する形で、向こうが求める演出の実現のための舞台装置を作る方向になるみたいだね」
去年は突貫で舞台をやった。
その上で、ウィーリャも錬金術科だけでやるには演者が足りないと理解してる。
だから去年から関わりも評価もある音楽科に企画持ち込みで頑張ったそうだ。
どうやらそれが音楽科に受け入れられて、今は相談中らしい。
僕もウィーリャの案でどれが実現可能かを聞かれてたけど、芸術関係詳しくないんだよ。
「錬金術で、舞台装置………………? また、想像を超える話ですね」
マクスが苦笑いをするものの、こっちも慣れて来てるかもしれない。
疑いや驚きもなく、話を戻してきた。
「それで、聖女に関してとのことですが、アズ先輩」
「いや、聖女ではなく、ウォレンシウムの錬金術について、だね。古い文献を当たって、偶然見つけたんだ」
ナイラのことは言わずに文献と誤魔化して、僕は聞かせる。
「どうやらとあるウォレンス王族は、このルキウサリアができる以前の三国同盟の時代、錬金術師として活動してた記録があった」
「それは、初耳です。ですが、幾度か国名を変えた中で、八百年前はウォレンスを名乗っていた時期があったことを記憶しています」
「その頃の王族に、ナザーリオスという人がいたかはわかる?」
さすがに先祖の誰かなんて幅が広すぎる。
だから明確な答えがあるとは思わずに聞いた。
「えぇ、それくらいの頃に活躍された、医師の王族が」
「え、そんなはっきり?」
聞いたら、どうやら名前のつけ方にウォレンシウム王族としての決まりがあるそうだ。
「過去の偉業を成したと認定された方の名を、子孫である私たちにつけられるのです。なので、名を継がれることは名誉であり、名を継いだ者はその方に恥じないようにと、業績を語り継ぐことをします」
「あるわね。過去の偉人から名を取り、その功績に相応しい人物になるようにという由来」
「まぁ、そうだね」
イルメは、エルフにもそうした風習はあるという。
僕も祖王の物語というこの世界の伝説の中の人物から取られたし。
「ナザーリオスに付された偉業は、博学鬼才。深い知識で多くの人々を助けながら、なおも満足しなかったと伝わります。時代が黒犬病の頃であったことから、病から救うことを生涯の目標として、終生邁進した偉人です」
うわー、絶対その人だ。
どうやら国に連れ帰られた後も、黒犬病の治療をしようとしていたらしい。
いや、責任取ることもなく安全に囲われたからこそ、人生かけたのかもしれない。
そこは八百年前の天才が、封印図書館作った贖罪に似てるし、他にも旅をした人もいる。
そう考えると、天才の仲間で生き残った人は、どうにか罪を償おうと足掻いたんだろう。
「その人が、ここで錬金術をしていたのね?」
「そのようなことは伝わっておりません。その頃は学園もないですし、いたかどうかも」
確認するイルメに、マクスはルキウサリアにいたかさえ定かではないという。
「僕が知る内容としては、黒犬病の治療に錬金術師の仲間が駆り出される中、一人安全のために国へと連れ帰られたという話だよ」
「黒犬病、人間の中で起きた疫病よね」
イルメは授業で習ったからわかるし、他種族もいたら罹っていたらしい。
けど基本大陸中央の話だから、イルメからすると人間の問題という認識だ。
僕としても昔の人の話だと思ってた。
けどそれが他人ごとじゃない感じになったのは、封印図書館のことを知ってから。
受け入れたことはないけど、なんだか継ぐような立場なんだよね。
そのせいもあって、黒犬病が今では他人ごとに思えない感じになってる。
「その人が、このルキウサリアで発展した錬金術を、ウォレンスに持ち帰ったんだと思う」
「医師のような錬金術ということでしょうか? 初耳ですので、なんともお答えしづらい」
マクスは錬金術と、医師として名を残した先祖の関連には疑いを見せた。
けどイルメが身近な例を挙げる。
「錬金術が医師にも有用な可能性は、十分にあるわ。それはトリキスが取り組む錬金術にも表れているから、教わってみるのもいいのではないかしら?」
後輩がすでにやってることってことで例に出す。
医師家系から錬金術に手を出したトリキスとは逆に、錬金術から医療に携わったのがナザーリオスという人なんだけど。
黒犬病の発端に関わることは、先祖を敬う気持ちがあるらしいマクスには言わないでおこう。
ルキウサリアから蔓延させたっていう話でもあるし。
まずは同じ人かどうかって確認のつもりだったから、話を進めよう。
「過去のナザーリオスが錬金術師で、しかもルキウサリアで学んだことは信じられる?」
僕の問いに、マクスは曖昧に頷く。
それが否定寄りの肯定と見て、イルメは眉をあげる。
「あら、わからない? 王族が錬金術師だった。そんなことも忘れられた後に聖女が現れる。つまり、私たちと同じよ」
「は、はい?」
戸惑うマクスに、僕も止めつつ捕捉する。
「イルメ、少し手加減しようか。マクスからすれば聖女は伝説の敬うべき相手だ。マクス、イルメは僕たちと同じで、聖女も過去の錬金術師の何かを見つけて学んだって言いたいんだよ」
「過去の、錬金術師…………。こちらへ入学したのは、錬金術の道具と思われる聖女の持ち物があるとのことだったのですが。我が一族に、錬金術師が…………」
マクスは元々聖女の遺物を調べるために入学した。
その聖女の薬を作る大本が、マクスの先祖の錬金術師の遺稿だとすれば?
聖女もまた、ナザーリオスという過去の錬金術師が残した遺稿を手に学んだ錬金術師。
そして自らの奇跡と呼ばれる治癒を実現したとしたら?
「聖女が現れた時代は戦乱で、国王が助けを求めるほどの情勢だったのでしょう。だったら、過去の王族の遺した物が、無関係の相手の目に触れることもあるのではないかしら?」
イルメがぐいぐい推測と可能性を並べると、マクスは年相応に狼狽える。
「聖女関係として、現存する物はあなたたちが調べているでしょう。詩の断片という取りこぼしはあっても、今以上には新たな発見はない。だったら、こうしてアズが別の切り口を持ってきてくれたのだから手を伸ばすべきよ」
「ま、待ってください。まだ決まったわけでは、あの、ち、近い、近いです」
物理的に距離も縮めるイルメは、僕が止めて引きはがして落ち着ける。
「はいはい、イルメは一度ゆっくり呼吸して。で、マクス。僕としてもナザーリオスという人の記録があるなら知りたいし、それを知ることができるのは君だけなんだ。協力しよう」
「え、えぇ、そうですね。わかりました。本国に問い合わせましょう」
イルメは今までにいなかったタイプなのか、マクスも一度ゆっくり呼吸してから気を取り直した。
ここで疑うよりも協力するほうが前進になるし、何より僕たちは来年いない。
今年の内に動けるだけは動くというのが、マクスとしても建設的だ。
もちろんそれは、来年には帝都へ戻る僕としても同じ思い。
だから、他にも今の内に片づけなきゃいけないことがある。
そのためにも、一度皇子として動く必要があるんだよね。
やるべきことを頭で数え上げつつ、僕は一つ頷く。
音楽祭までには静かにさせたいところだった。
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