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623話:動き出す夏3

「第一皇子殿下よりのお達しです」


 錬金術科の僕たちの教室で、ウェアレルが九尾の貴人二人に対してそう告げた。

 ただ、ウェアレルに反応したのはヴラディル先生が先だ。


「なんで!? 俺が何言っても無視してるのにどういうことだ、ウィー!」

「公益性を評価された結果です」


 ウェアレルは呆れたように、双子のヴラディル先生を横目に見る。

 そんな答えに、九尾の貴人も納得した様子だった。


「ふふん、わかっておるではないか」

「噂の割にちゃんとしてるじゃない」


 うん、実際公益性って大事だからね。

 貧困政策とかやってみないとわからないなら、誰かにやってほしい。

 特に岩盤浴や温泉は、そこに資源があったからやっただけなんだ。

 それを、ない所でやったらどんな問題があって課題が生まれるか。

 また本当に集客できるなら、資金のないカルウ村での温泉新設への援助を募る交渉材料にもできる。

 その上で、実証という試行錯誤を省けるならそれはプラスで、僕の名前を使ってもいい。


「もちろん条件はありますが」

「金なら考えよう。宝石の類でも構わないぞ」

「ムフト、帝国の皇子を舐めてるんですか」


 ウェアレルが、金に物を言わせようとするムッフィを軽く睨む。

 けどトレビは悪びれずに肩を竦めてみせた。


「あら、だって皇子と言っても名ばかりって言うし。こっちでも全然動いてないでしょ」

「派手に社交をしていないからと言って、困窮してはいませんし、金で賄えるならあなた方に声はかけません」


 なんだかやいやいし始めた。

 今は放課後で、いる学生は九尾の貴人たちの相手してた僕とネヴロフだけ。


「なぁ、アズ。公益性ってなんだ?」

「広く多くの人の利益となることだよ。つまり、自分のためだけじゃない、他人のために錬金術を活用しようというのなら協力するって言ってるんだ」

「そうなのか、へぇ。…………へへ、それって俺の村で皇子さまがしたことと同じだな。最初、隣の村で錬金術しててさ。それを俺たちが羨ましがったら、仲良くするならって俺たちの村にも温泉作ってくれたんだ」


 そこは少なからず打算があるから、そんな純粋な目をされると困る。

 あと、羨ましがったのは本当だけど、それで要求してきた時の勢いの強さを省くとだいぶ実情と離れる気がするなぁ。


 そんな話してる間に、ウェアレルは僕が出した条件を九尾の貴人に伝えた。

 難しいことじゃなく、ウェアレル宛てに実施した際の報告と課題を送るようにとか、働く人たちの待遇についても明記するようにとかいう話だ。


「そしてあなたたちに応える一番の目的は…………ヘリオガバールにかつて存在した竜人の錬金術について調べ、資料があれば送ることです」


 そう、竜人の国のことなんて僕は手が出せない。

 そして九尾の貴人は、かつて人間の錬金術師を捕まえて独占した側の人たちだ。

 だったら、ウォレンシウムのマクスのように、何かそこだけに残る情報があるんじゃないかと思う。


 ちょうどその話はウェアレルも聞いてたし、そこから第一皇子の僕に伝わったっていう体裁も取れるしね。

 求めない手はない。


「それと、茶師という職業についても。可能であれば使用するハーブやスパイスのレシピと効能も報告が欲しいそうです」

「ちょっとぉ、それは茶師にとって死活問題な秘伝よ」


 過去の錬金術師について調べるよりも、トレビが難色を示した。

 けど錬金術師からの発生ってことを、そのヘリオガバールで錬金術師に師事したネクロン先生が言ってたから、無関係な話ではないんだけど。


「そこまで難しい条件ですか、トーレ? あなたたちの口ぶりから、客の目の前で調合して茶を出す職なのでしょう?」

「配合やレシピとなれば別だ。ある程度、どういった効用であるかの説明は客にもする。だが、弟子でもない者に教えるような知識ではないのだ」


 ムッフィ曰く、どうやら業界的な不文律らしい。

 そこに踏み込むには、驚くほどのお金を支払うよりも手間がかかるようだ。


 けどそんな九尾の貴人を気にせず、ウェアレルは言う。


「では、あなたたちの配下から師事させてください。もしくはお得意の金で頬を叩いてでも」


 そういうと、なんだかウェアレルが悪辣そうだ。

 そして僕の隣でネヴロフが、痛そうって呟いた。

 たぶん金属の硬貨で物理的に殴られる様子を想像したんだろうな。

 実際前科あるらしい九尾の貴人だから、間違いだとも言えないし。


「だいたい、あれだけネクロン先生を追い回していたんですから、自分たちでも国許で動くつもりだったでしょう? そのついでで恩着せがましくしないでいただきたい」

「むぅ、あのネクロンという者の話は興味深いため調べるつもりはあるにはあるが」

「そうねぇ、茶師一人くらい抱き込んで、口を割らせるのもありではあるのよ」


 なんだ、その気あったのか。

 ウェアレルは同窓の杵柄か、どうやらから騒ぎなのわかってて強く言ったようだ。


「それほどの労を負うならば、相応の案があるのだと思っていいのだな?」

「えぇ、こっちでもそれなりに案固まっているのだし、横から口挟むならね?」


 どうやら第一皇子としての僕がどれだけの手助けをするのかわからないから吹っかけた。

 そういう駆け引きめいたことだったらしい。


「カルウ村に残した温水を使う岩盤浴とは別の、熱そのものを伝えることで使える岩盤浴の草案です」

「え、いいな!」


 ウェアレルが巻紙を見せると、途端にネヴロフが声を上げた。


 全く新しいものと聞いて、九尾の貴人も目を瞠る。

 けどネヴロフのようにすぐさま食いつくようなことはしない、慎重さもあった。


「実際に動いていたものとは別ものなのね? 往々にして不具合が生じるでしょう?」

「うむ、元からある熱水を使うほうを造れば、試用の手間が少ないかもしれないだろう」

「そこはあなた方の技術力次第、というのが第一皇子殿下の言です」


 言って、ウェアレルは巻紙を広げる。

 僕が描いた図面が現れた。


 ネヴロフが見に行くのについて行って、初めて見るような風を装う。

 もちろんヴラディル先生も一緒になって覗き込んでる。


「なんか、俺が知ってるのと違う。金属の管ねぇの?」

「本当に熱水は使わない造りらしいな」


 ネヴロフとヴラディル先生は、図面を眺めて言い合う。

 けど詳しくない九尾の貴人は、ウェアレルに説明を求めた。


「炉があるのはわかるわ。けど、何この穴の開いたブロック?」


 トレビが指すのは、岩盤浴のためだけに作れと書いたもの。


 長方形のレンガは何処にでもよくある建材。

 けどそこに、三つの穴をあけるように指示がしてある。

 建材だから穴をあけすぎてもいけないし、熱い空気を無闇に周囲に広げるようでもいけない。

 そんな職人の技術が必要になるレンガだ。


「炉の形も火で水を沸かすものと違うのだろうが、指示が細かいな?」

「これは暖炉の構造を元にしているので、そう難しくはないはずです」


 色々描き込んである図面にムッフィが言えば、ウェアレルは既存の技術だという。


 暖炉って、そこにあるだけで、空気が上に抜ける造りになってるそうだ。

 そうしないと不完全燃焼が起きた途端、室内に一酸化炭素が充満してしまうからだろう。

 だからその技術を、熱した空気を集めるために応用する。


「うーん…………これ、穴の開いたレンガに炉が繋がってるんだよな?」

「きっと、このレンガに熱を通すことで、石を熱するって感じだろうな」


 ネヴロフとヴラディル先生は、お互いに言い合いながら図面を理解していく。

 聞いてたら、ウェアレルが僕に目配せしてきた。

 どうやら僕は、知ってるせいで不自然に黙ってしまっていたようだ。


「…………水の処理を考えなくていいなら、手間を一つ減らせます。ただ、仕事が減ることでの支障はないんですか?」


 仕事ない人への仕事の斡旋が、この竜人の岩盤浴の一つの要点だ。

 だったら、手間はあったほうがいいかもしれない。

 図を描いてる時に思ったことを、僕は今まで考えてましたって顔で聞く。


 九尾の貴人も、熱水を使わない損得を考えて答えてくれた。


「いや、水を嫌う竜人もいるからな。ないならないで、問題はないはずだ」

「水が必須だと思っていたけれど。そうね、必要とするのは加工技術ね」


 いくらか、空気が漏れないように穴あきレンガを繋げることなどが注意事項として書いてある。

 機械化なんてされてないこの世界、建材って手で削って精密に作る。

 だから、完全に職人の感覚と技術で賄われる部分だ。

 それが竜人の国にあるかも僕は知らない。


 けど、貴人たちは頷く。

 それを見て、ウェアレルも頷き返した。

 どうやらそれで話は決まりらしく、改めて何をするかっていう取り決めが始める。

 岩盤浴の実験的な建設と報告、そして竜人の国の錬金術の捜索を任せること。

 話しぶりからたぶん、九尾の貴人の部下を、ヘリオガバールで働かせる形。

 これで少しは放課後に時間ができればいいな。


定期更新

次回:動き出す夏4

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― 新着の感想 ―
ヴィー先生には強く生きて欲しい。可哀想、というか良い意味でも悪い意味でもこの世界の常識人で責任ある大人だから、第一皇子を思っているからこそ噂を広めるだろうし力になろうともする。 →第一皇子陣営の戦力は…
ヴィー先生かわうそ… まあこういうウェアレル挟むやり方にするしかないよね
ヴィー先生。卒業後にアズ=第一皇子なのを知ったら、膝から崩れ落ちそうだな。
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