621話:動き出す夏1
僕は午前にダム湖へ向かった。
行く先はこのところ、湖岸の研究所と、水底の封印図書館の半々だ。
そして今日は封印図書館へと降りることにして、ついて来るのはヘルコフとイクトという僕の護衛。
そして最近封印図書館への出禁を完全に解いたテスタと、そのストッパーをしなくちゃいけない助手のノイアンと、王城の研究者ネーグ。
他にも記録や実験施設を使う人員、帝国の研究者もいる。
「やぁ、ヴィーラ。大人数で騒がせて悪いね」
「ようこそおいでくださいました。帝国第一皇子殿下。ご用命があればどうぞ」
「うーん、まだ世間話に対応はできないか。それでも喋りは随分滑らかになったね」
ヴィーラは見た目、この封印図書館の司書を長年務めてきたナイラと同じだ。
けど、白いリボンを巻いてナイラと違いを造ってる。
ちなみにナイラには黒いリボンだ。
たまに柄物になってたり、生地が変わってたるするのはここに来る研究者の誰かの趣味かな?
ヴィーラ自身の変化としては、最初に比べてだいぶ発音はいいし、学習のせいか語彙も増えてる。
その上でまだ受け答えは機械的で、会話してるよりも検索してる感じ。
まだまだナイラには及ばないんだけど、破綻したことは言わなくなってる。
「今日はナイラと話がしたいんだ。交代してくれる?」
「かしこまりました。第一皇子殿下のご用命を最優先に対処いたします。しばらくお待ちいただくこととなりますがご容赦ください」
「なんで僕に対してそんなへりくだるかなぁ」
言って後ろに続く人たちを見るけど、揃って目を逸らされる。
いや、テスタは堂々と笑顔返してきたな。
相変わらず何かしてるんだろうけど、僕の益になる方向なら止めるのは面倒だ。
ヴィーラの口調位ではなんの支障もない。
その間にヴィーラはすぐさま移動を始める。
今から休止場所へと向かって、動力である電気の回路をナイラに変えるんだ。
オートマタというナイラとヴィーラは、稼働に電力を使う。
ここの発電設備だと、両方は動かせないんだとか。
基本的に情報劣化が起こってる上に、古い常識を身に着けてしまってるナイラは独自判断ができるほど育ってる。
だから情報の保存に努めるという名目での暴走抑制をしていた。
「…………お待たせいたしました、第一皇子殿下」
「ナイラ、久しぶりだね。お邪魔してるよ」
「お気遣いは無用です。どうぞ、この封印されし知の集積をご活用ください。願わくば、過去の過ちを覆す成果の糧にしていただけることを祈念いたします」
うん、やっぱりナイラのほうが喋ってる感じがする。
僕がナイラと座れる場所へ移動し始めると、当たり前の顔してテスタもついてくる。
もちろんお目付け役のノイアンとネーグも。
あと最近お目付け役にされたらしい、帝国の研究者の一人も来た。
この人は家財と妻子と一緒にルキウサリアに来てるから、もうここの研究で骨埋める気らしい。
墓に入るまでにまたやらかさないよう、テスタを本気で止めると見込まれてるそうだ。
「さて、ちょっと長い話になるから、まずは前提を話そう」
椅子や机がいくつもある学習室なのに、座ってるのは僕だけ。
うん、皇子だからね。
座っていいって言うんだけど、ナイラは座る機能ないし、テスタたちは僕の話聞くのに無礼だとか言うし。
ヘルコフとイクトは立ってるのが普通だしで、もう気にせず話そう。
「僕はロムルーシへ留学に行って、八百年前の天才の技術を継ぐ錬金術師の痕跡を見つけた。ルキウサリアの王城には、ロムルーシの地下にあった錬金術師の遺構に、オートマタに近い技術の錬金術が残されていたことは報告してある」
テスタたちはもう僕が一年の時の話だから頷きを返す。
ただ帝国の研究者は初耳で目を見開いた。
ナイラには一度確認してるから知ってるけど、そこから離しだしたことを解釈して問いを返す。
「天才の贖罪の意志を示す封印の意味は、なかったということでしょうか?」
「いや、あったよ。というか、その贖罪を共に負うためにロムルーシまで行った人がいたんだから。ただ僕が気になるのは、当時複数の錬金術師が大陸中央から四方へ散って、東を目指したこと」
「複数ですかな?」
そこははっきりと言ってなかったから、テスタが反応する。
「まず前提として、僕がここを知ったのは帝室図書館にあった錬金術師の記録。水底図書館について伝えるよう師に言われたけれど、相応しい弟子を得られなかったという錬金術師の記録を、さらに読み解いた者の手記だ」
つまり、当事者でも、その弟子でもなく、その記録を見つけた第三者。
その第三者のさらに遺した文章を読んだのが、僕だ。
「そしてロムルーシ。そこには二種類の錬金術師の痕跡があった。片方はルキウサリアから北を目指したが挫折してる。もう片方は、南へ向かったけれどとん挫したために、北を目指して合流し、挫折した錬金術師からの旅を継いで、北回りで東への旅を果たした系譜だ」
「果たした、のですか?」
ここは言ってなかったから、ノイアンがびっくりして様子で聞き返す。
僕がルキウサリアに告げたのは、天才の贖罪を継ぐように旅をする錬金術師の痕跡についてで、その結果は伝えてない。
「うん、百年くらい前にね。だから、実のところここがどうしてこうなったかという記録と、贖罪の旅をする中で伝えた錬金術から、さらに発展させた錬金術が実は東に封じられてる」
「そ、そんなことが!?」
必死に封印図書館の秘密を守っていたネーグが、すでに漏洩してると知って慌てる。
「ニノホトでの封印は継続されてることを確認してるから、こっちのように開いてはいない。問題は、各地に散った錬金術が、完全に途絶えたわけではなかったことだ」
「皇子殿下のように、独自に過去の錬金術師の記録を読み解いた者がいたのでしょうか?」
帝国の研究者は、好きに発言していいって言ってるのに、礼を執ってから言う。
「うーん、帝国は天才以前の錬金術もあるから、独自とは違う。僕が言いたいのは、錬金術がなかった異種族の国へと伝わって、形を変えてたってことなんだ」
僕は確認できただけで、ヘリオガバール、チトス連邦、ドワーフの国。
残っていたけど、ロムルーシの錬金術は人間のもののままだった。
「その土地と扱う種族に合った形に先鋭化されてるって印象だね。そっちはここで話しても発展はない」
僕は興味を示す面々に、これは前提であって本題じゃないことを告げる。
「帝国内や人間の範囲に残ってる錬金術が問題だ。東を目指して内陸を進んだ錬金術師も、その痕跡がある。その中で最近気になる話が、ウォレンシウムからもたらされた」
錬金術科の新入生も押さえてるだろうテスタたちに疑問はなく、代わりにナイラを見る。
わざわざ起動させた理由がわからないからだろう。
「ナイラ、ウォレンシウムに錬金術が伝わる要因、心当たりは? 八百年前に錬金術があるかなしかでいい」
「国名であると判断しますが、八百年前にウォレンシウムは存在しません。類似する国名に、ウォレンスがあります。同国であるならば、ウォレンス王族には、天才と共に研究した錬金術師がいました」
進んだ錬金術として何かしらの繋がりを予想してたとは言え、僕も口を引き結ぶ。
完全に埒外なテスタたちが固まる中、ナイラは淡々と機械音声で続けた。
「黒犬病が蔓延した際、当人は治療に当たると強弁しましたが国が許さず、またウォレンスより連れ戻す人員も送られ、失意の内にこの地を離れました。以後消息は不明であり、天才もかつての仲間の内で生き残っているその者を気にかけています」
「確実な生き残りが、いたわけだね」
ナイラに確認して、僕はテスタたちを見る。
緩く首を横に振るのはつまり、今までこういう情報は聞いてないってことだ。
「ナイラは、贖罪の旅と称して、封印図書館ができて以後の錬金術師の動きは知らないと言っていた。当時のことだけど、ナイラに知れない、天才に知れない範囲の話だ」
「逆に、まだ天才がここに籠る前の動きであれば知っていることがあると」
テスタは情報を引き出しに不手際があったことで、渋面になる。
「ウォレンシウムには、どのような錬金術が?」
「そこは本人がいるから僕からは言えない。気になるなら表から距離詰めてもいいかも。だいぶ手詰まりで入学してきた感じだったし。王族が隠れて研究してるらしかった」
僕がルキウサリアが国として動くよう言うと、ノイアンが恐々聞く。
「あの、先日…………そのウォレンシウムの王族の持ち物を狙う、不審者と?」
「うん、僕も話聞きたかったから、踏み込むためにちょっと困りごとを大々的に解決する形でね。お蔭で今回の繋がりに気づけた」
答えたらネーグが意を決した様子で口を開いた。
「その件を使って、我が国からも話を聞くということは可能でしょうか?」
「うーん、話の持って行き方次第かな。体面のためにお互い協力するっていう形にしてたはずだし。ルキウサリアが錬金術に力入れてる様子をみせて行けばあるいは?」
帝国の研究者は様子見で何も言わない。
だからルキウサリア側への忠告を僕は続けた。
「けど、ことは教会にも飛び火しそうな話だってことを言っておく。だから取り組むつもりなら、その辺り先に牽制するなり、対処講じておいたほうがいい」
襲ってきた聖女教会から、聖女関係とわかっているだろう。
年代は違っても、出身国はウォレンシウムで、魔法としては破格の治癒という能力は聖女として有名だ。
それでテスタは察した様子だったから、そっちは任せてしまおう。
薬のこともあるし、他の錬金術にも手を出してるのに、本当、どうしてこうやる気と活力に満ち溢れてるかな、このおじいちゃん。
僕はその話を切り上げて、ナイラに聞いた。
「それじゃ、そのウォレンスの王族について、知ってることを教えてほしいな」
ウォレンシウムのマクスから、封印図書館の話は出なかったし向こうでは途絶えてるからね。
了解の返事と共に、ナイラは当事者の末裔さえ知らない過去を語り始めた。
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