閑話123:アーシャ
九尾の貴人が帰ってきた。
そしてウルフ先輩も。
ただし、エルフで錬金術科の卒業生、ウルフ先輩はすでにまた必要な材料であるカルウ村産の石を買い求めて、ファナーン山脈に逆戻りさせられていた。
その報告に僕は今、個室のある喫茶店にやって来てる。
相対するのは卒業生の竜人、テルーセラーナ先輩。
後輩の竜人クーラもいるけど、今は侍女然として空気に徹してるから置いておく。
「そうウルフも大変だったのね。休む間もなくまた北に…………」
言葉では心配してるように言う割に、面白そうな顔をしてた。
まぁ、僕に抱き着いて盛大に愚痴って時点で、呆れてしまったんだけど。
その後には、それなりに貴人とやってる様子を聞いて笑ってたんだ。
「でも、その様子ならせっかく後輩に対して恰好をつけていたのにばれてしまっているのね。そんなことなら、最初から仲良くしていればいいのに」
「最初から保身優先な態度は見えていましたけど、確かに一線引かれてましたね」
「あらあら。でも頼っていればきっと張り切ったと思うのよ。あなたたちはしっかりしすぎていたけれど」
テルーセラーナ先輩は笑い、後輩のウルフ先輩をフォローする。
どうやら先輩側から見ると、ウルフ先輩は違って見えるようだ。
「入学した頃は、本当に警戒して近づかなかったの。それに比べれば柔らかくなったのよ」
「そうなんですか? 平民だから怖がっていたわけではなく?」
「私に限らず、平民出身者相手にもそうだったわ。身分を恐れていたのはトリエラやロクンだったわね。警戒していたのが、ウルフとキリルかしら」
貴族が強い国のトリエラ先輩は、同国出身のオルスも恐れていた。
そして羽毛竜人のロクン先輩は、国が身分に厳しいようなことを漏れ聞いてる。
お国柄を思えば納得の二人で、キリル先輩も入学の事情がそうさせたんだろう。
そうなると、他人に対して警戒していたウルフ先輩は、いったい何があったのか?
「あの子を誘ったのは一つ、お金に釣られやすいこともあったけれど、兄弟の絆を信じていないからよ」
思わぬ言葉に、僕は竜人らしい縦割れの瞳孔を持つテルーセラーナ先輩の目を見た。
テルーセラーナ先輩は、腹違いの弟のアシュルを心配してルキウサリアに残ってる。
そこに姉としての情があるけど、考えてみれば、アシュルが王族から外れてルキウサリアにいるのは、テルーセラーナ先輩の母親が毒を盛ったせいだ。
そしてそのことが露見すれば、母親諸共テルーセラーナ先輩も命の危機がある。
そう考えると、アシュルを見守るテルーセラーナ先輩の中には、ただ純粋に思う他にも、色濃く警戒感や命の危機に対する不安があるんだろう。
「多くの兄がいる中で生まれ育ったウルフは、あまり可愛がられなかったそうなの。あの子、こうして入学できるだけの頭はあるでしょう? だから賢しらぶった子供として兄たちから疎まれていたようよ」
「そういうこともあるんですね」
「アズは兄弟がいたかしら?」
「はい、弟と妹が」
「その様子だと、仲は良好なのでしょうね」
テルーセラーナ先輩が苦笑すると、黙ってたクーラも会話に入る。
「アズ先輩であれば、下の兄弟に嫉妬して虐げることもないでしょう。自身の才知を活用できる方ですから。逆に、下からの嫉妬による突き上げはありそうですが」
「ないよ、僕の弟と妹はみんないい子だ」
思わず言うと、テルーセラーナ先輩が寂しげに笑った。
「そういう家庭もあるのね。私は母親違いの兄弟姉妹が多すぎて、顔を合わせたこともない者もいるくらい。為人もわからないわ。その上で、よりよく地位を得ようと、兄弟姉妹は生まれた時からの競争相手と認識させられるの」
「えっと、長子相続は?」
「上を殺せば長子。だったら、一番生き残れる者を選んで、下は媚びつつ、諸共に生き残れるよう他の兄弟姉妹を虐げるわ」
地獄かな?
ネロクストっていう竜人の国へのイメージがどんどん下降していくんだけど?
何も言えなくなる僕に、クーラがフォローなのか補足する。
「宮殿は伏魔殿ですので、独特の世界です」
全体がそうってわけじゃないって言いたいらしい。
一つの特異例とわかってて言ってたのか、テルーセラーナ先輩も笑う。
「私は母のこともあって、早くにドロップアウトをしたわ。その分、自らの裁量で結婚相手を見つけ、母方の親族の手を借りて婚約も済ませている。母の気の病もあって、父からの興味も失せていたことが良かったのね」
世知辛い。
けど王に限らず父権性のこの世界、父親が子供の結婚相手を決めるのは当たり前だ。
結婚自体を遅らせるようなことをされていた僕の父は、結婚相手を世話するなんて意識なさそうだけど。
あったとしても、僕の話を聞いてくれる、それは確信できた。
「仲の悪い兄弟姉妹が世の中にいるのはわかりました。それで、ウルフ先輩はそういう環境で育ったために、人間不信だったんですか?」
「そこまでではないわ。けれど自身の力である賢さによって、身を助けることはできなかった。そのことにこだわりがあるようなの」
なんと言ったらいいか迷う様子で、テルーセラーナ先輩は一度口を閉じる。
溜め息のように細い舌が口から出て、すぐに引っ込んだ。
「そうねぇ、賢い立ち回りに憧れていた、と言ったらいいかしら? 危なげなく過ごして、自分の利を逃さない。その上で、他の者よりも良い結果を出すような?」
「つまり、かっこつけたかったんですね?」
思わず言っちゃったけど、テルーセラーナ先輩は頷く。
うーん、ウルフ先輩が普通に思春期男子だ。
卒業前は何処か斜に構えたような様子が目についた。
けどあれがそう振る舞っていただけとなると、途端に恰好悪く感じる。
いや、それで後輩に偉ぶって最初から評価下げるオレスよりはましなのかな?
「そうね、自分が望む理想的な振る舞いという恰好を重視してしまったのね」
テルーセラーナ先輩は、納得した様子で頷いた。
実際僕も泣きつかれて思ったけど、ノリのいい喋りと愛嬌のある振る舞いのほうが、まだ親しみやすい。
変に距離を取って、卒業間際で僕に相談にくるよりも、もっと早く本性さらして準備したほうが良かったのにとは思う。
いや、結局九尾の貴人に捕まって引き摺って行かれる未来しか見えないな?
あの竜人二人の力強い腕から、ウルフ先輩が抜け出せる未来が見えない。
「そんなものに固執して、商人の子であるという意識も強すぎるのは頭が固いのかしら?」
「あの九尾の貴人を相手に、貢献したと声を上げられる胆力と交渉力は、商人に向いていると思いますが」
ちょっとフォローすると、テルーセラーナ先輩は笑う。
「商売ではなく、己の生きる道、人生を安定させるための職として考えることができなかったのよ? 適材適所、不足を補う人員となれば重用される。入学時とは違う、今の錬金術科であるなら、教師として残ったほうが、よほど苦労の少ない道だったように思うのだけれど?」
言われて、僕もその道に気づかずにいたことを自覚する。
というか、最初から商人として身を立てることを前提に話を持ち掛けられた。
だからその方向で助言したんだ。
「そうですね。ウルフ先輩とロクン先輩は、最初から商人としての将来しか考えてなかった。だからオレスにしか、この国で錬金術師をやるということは言いませんでした」
「あら、アズもウルフなら教師をできると思うの?」
「たぶん、ネクロン先生にいいように使われるでしょうけど、純粋な人手として重宝したと思いますよ」
実際、ネクロン先生の個人的な助手でしかない海人のウィレンさんがそうだ。
だったらウルフ先輩やロクン先輩だって、十分働けた。
「…………今さら言っても遅いですね」
「えぇ、どちらも商人として動き出しているわ。自分で調整して戻ってこない限り無理ね」
手遅れだと笑う様子に、僕はじっと見る。
視線に気づいてテルーセラーナ先輩が目で促すから、そのまま聞いた。
「アシュルが卒業した後はどうするおつもりですか?」
「そうね、帰ったらまずは待たせていた婚約者に謝りに行かなければいけないわ」
「帰る必要、ありますか?」
僕の言葉にクーラが目を見開く。
テルーセラーナ先輩は少し考えて苦笑を零した。
「あら、何に誘うつもり?」
「いえ、テルーセラーナ先輩はアシュルが心配だ。だったら、卒業の後もルキウサリアに残るアシュルを見守れる位置を今ご自身で手に入れてはどうかと思いまして」
聞いた限り、父親のネロクストの王ともほぼ縁が切れてるようだ。
だったら、このままルキウサリアに残って、錬金術科の教師をしてもいいと思う。
その上で、婚約者のことや、実家の母親については考えなきゃいけないだろうけど、身分で無理だと思ってたテルーセラーナ先輩が可能位置にいるなら誘わない手はない。
テルーセラーナ先輩自身、自分は帰るものと思っていたからきょとんとしてる。
「アシュルは卒業後もルキウサリアに残るでしょう。クーラがそれとなく匂わせても全く反応なしですから、最初からネロクスト行きは頭にない」
クーラも手ごたえのなさは実感してるらしく頷く。
「それに戻っても権力に復帰できるわけでもないなら、こちらで友人と共に身につけた技術と知識で何がしかになってみては? テルーセラーナ先輩の母君も、すでに後宮を離れているのなら、それは実家の責任であって、テルーセラーナ先輩の責任ではないはずです。先輩も、己のための生きる道を探ってみてはどうでしょう?」
卒業生を教師に欲しい気持ちはある。
けど同時に、高い身分に生まれても、自分のために生きていいと思う言葉に、嘘はなかった。
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