615話:貴人戻る5
九尾の貴人たちは、けっこう真面目な目的で岩盤浴を望んでいた。
雇用創出、既得権益避け、貧民救済。
言われてみれば、そういう問題を解決できる手になりそうではある。
「あの乾燥してるのに、内側から温められる感じがいいわぁ」
「濡れることを嫌う竜人は一定数いるからな。評判になる」
話を聞けば、岩盤浴っていうサウナとも入浴とも違う形態がいいそうだ。
「そう言えば、ワゲリス将軍も言っていましたね。濡れることを嫌い、岩盤浴を好む獣人や竜人がいると」
ウェアレルが言うのは、派兵された時に聞いた話。
あの時は、兵と住民で使用頻度で争ったりしてたね。
ちなみに僕のよく知る獣人であるヘルコフは、濡れるのは平気。
獣人とのハーフのウェアレルは、エルフに近い体だから乾かす手間を考えなければ平気。
濡れるのを嫌がる人って近くにいなかったから、そういう需要をよく考えたことはなかった。
「俺、沐浴も嫌なんだよね。濡れずに風呂入れるっていいなぁ」
猫獣人のラトラスは濡れるのが嫌いらしい。
獣人は汗腺ない人もいるらしいから、手入れの仕方は人間とは全く違う。
それをこんな形で改めて実感する。
「どうしたって熱いなら、水がいい」
海人のウー・ヤーは濡れるのは平気だけど、熱いお湯は苦手だとか。
ぬるま湯なら好んで入る海人もいるとか、新情報も出た。
多様な種族がいる異世界感を改めて感じるなぁ。
エフィは風呂うんぬんより、魔法で出した火を活用することに注目する。
「魔法で火を焚いて、湯を沸かし続けるのは可能なのか? 人間ではすぐ魔力が切れる」
「あら、そこは交代制だと思うけど? 魔力が人間より多くても、複数人での作業になるはずよ」
イルメも魔法のことについては 興味を持つようだ。
クラスメイトたちも興味があるならいいかな?
「じゃあ、その岩盤浴を魔法で稼働させる方法を、僕たちで考えてみようか。まずネヴロフの話から元の機構を考えるのと、竜人が火を焚ける炉の考察で二班に別れよう」
知ってるネヴロフを中心に、絵心のあるラトラス、実は構造知ってる僕、そして構想を持ってるトレビで組む。
炉のほうは、構想を持ってるムッフィを中心に、魔法に興味あるエフィとイルメ、炉を作ったことがあるウー・ヤーに別れた。
「あーもー、好きにしろ。放課後の今なら教室使うのも許可する。だが、暗くなる前に帰れよ。特にそこの部外者二人」
ヴラディル先生は仕事があって教員室に戻ることになる。
それを受けてウェアレルは残留を申し出た。
「では、不安ですし私が監督しておきましょう。ことによってはこうして見たことは第一皇子殿下にご報告します」
そういう態で、この状況を僕が知ってる理由づけをしてくれる。
そこからネヴロフの説明をラトラスが絵にする。
そして外見上の岩盤浴施設の図解を描いた。
その間にふと気になって、僕はトレビに聞く。
「あのウルフ先輩は?」
「あぁ、石が大事だっていうから、お金持たせてまたカルウ村に行かせたわ」
笑顔でとんでもないことを言ったね?
いや、冬間近に軍に守られながらとは言えファナーン山脈登らされるよりましなのかな?
なんにしても、ウルフ先輩はいつの間にかまた旅に出されたらしい。
ウェアレルは呆れながらトレビに釘をさす。
「錬金術師は数いないんですから、そんな使い方しないでください」
「ふふん、別口で岩石の図鑑も買うよう言って、自分の目で見て拾うこともするよう言っておいたから、そういうのも錬金術師のやることなんでしょ?」
トレビはどうやら、全く錬金術を知らないわけじゃないようだ。
そう言えばヴラディル先生の友人だった。
魔法で負けるとは思ってないし、大したことできないとは思ってるけど、研究者として自然界にある物を調べて使うことくらいはわかってるらしい。
僕も派兵で拾った石をいくつか実験したし、持ち帰った。
だからウェアレルも否定できずに黙る。
「それに今回は安全のためにヨッティにも行ってもらったもの」
「え、ヨトシペいないんですか?」
聞いたらトレビが、竜人の顔でにっこり笑う。
これは、困った時の犬笛が使えなくなった。
っていうか、実は前に散々ヨトシペ呼んで牽制してたの気にしてたの?
まぁ、ヨトシペなら一回行ったこともあるし大丈夫かな。
ただ行き返りに、ウルフ先輩置いてこないかが心配だ。
後でワゲリス将軍の所に、またウルフ先輩とヨトシペが行くって手紙送るようにしよう。
「うーん、つまり? この床の穴に石を敷き詰めるんだ? で、さらに床下に金属管」
「そうそう、蛇か縄みたいにこう、グネグネした感じに作ってあるのを並べててさ」
ラトラスとネヴロフは、真剣に図にしてる。
僕は作った側だからわかるけど、ここは知ってるウェアレルに聞いてフォローしよう。
「その特殊な金属管はどのように手に入れたんですか?」
「あれは第一皇子殿下が、近くの町の鍛冶師に命じて作らせたものですね。構造としては、真っ直ぐな金属管同士を折れ曲がった金属管で、二つを繋いでいる形になります」
ウェアレルが言いながら、ラトラスからペンを借りて描いていく。
ほぼ護衛みたいなことしてたから、僕の作業風景も見てて覚えてたらしい。
「そして、ここで問題になるのが、金属を長く水にさらすと腐食すること。これを防止するための加工を、第一皇子殿下はなさっていました。ネヴロフくん、その薬のレシピは村に残されていたはずですね?」
「うん、俺たち作れるように頑張ったぜ」
どうやらネヴロフ以外にも作れるらしい。
じゃあ、温泉の延伸も大丈夫かな。
どれくらいの距離で冷めてしまうかわからないし、場合によっては金属管を途中で温める形で再加熱することも考えなきゃいけないだろうし。
「ここの床の素材は何? 木?」
僕は気をつけなきゃいけないことを言わせるために、あえてネヴロフに聞く。
「板だぜ。最初に作られたのは、軍が持ってきたもんで作られてて板の床。俺らが作ったのは石だったけどな」
おっとそうきたか。
確かに間違ってないけど、その下の石の土台の中に管通さないと、高温で危ないって言わせたかったのに。
まぁ、僕の忠告したいことを読み取ったウェアレルがフォローしてくれた。
その様子にトレビが不満げに蛇っぽい舌を出す。
「何よ、ウィー。知ってたなら皇子さまじゃなくてウィーでもいいのに」
「私はただ、教師として学生の指導に当たっているだけですので」
「冷たーい。学生時代はあたしの火を風で消すって躍起になって、火の粉散らしすぎて火事起こし…………むぐ」
「余計なことを喋るなら学園から追い出しますよ?」
ウェアレルは耳も尻尾も毛を逆立てて、両手でトレビの口を掴むように押さえ込んだ。
うん、けっこうアレなことしてたんだね、ウェアレル。
壁走るユキヒョウ先生とか、ドラグーン乗り回す貴人とか、ヨトシペとかと並べられてるから、何かしてるんだろうなとは思ってたよ。
僕はネヴロフの説明に集中ふりで、聞かなかったことにした。
するとウー・ヤーがこっちに声をかけてくる。
「ネヴロフ、管を通した熱水はどうするんだ?」
「流して、洗いものに使ってたぜ。家畜の飲み水にもしてた」
それを聞いてイルメが、自分たちの案に取り入れる。
「だったら戻しても良さそうね。一日循環させて、給水の手間を減らしましょう」
「排出口の高さに戻るように、途中に給水塔を作って、高低差で水流を作るか」
エフィも錬金術として、構造を考えて口にした。
ムッフィは半分呆れたようにクラスメイトを見る。
「そなたら、錬金術師ではなく建築家か土木技師になるべきではないか?」
魔法やれとか言われたことはあるけど、それは初めての提案だ。
いや、建築関係はロムルーシに行った時に、イマム大公から言われてたっけ?
まぁ、なんにしても錬金術というか、科学ありきの職だよね。
錬金術ってけっこう裾野広いけど、だからこそ何かって言われたら広すぎて曖昧になる。
イメージも希薄で理解されない。
そういうところも軽んじられる部分なのかもしれない。
で、実際に錬金術を目にした九尾の貴人たちの見る目は確実に変わってる。
否定の言葉はないし、じっと僕らがやってることを窺うようだ。
そこに実があるとわかってる様子で、説明も聞いてた。
「よし、それじゃこれらを合わせて」
「はい、ストップ。もう外が暗くなり始めていますよ」
僕の言葉をウェアレルが止める。
見れば確かに窓の外は夕日も陰り始めてた。
仕方なく今日は片づけを始めると、九尾の貴人たちはウェアレルに寄って行く。
「すごいわね、この子たち」
「とんでもないな、錬金術科は」
そんな言葉にこっそり様子を窺うと、ウェアレルは何を今さらって顔を取り繕ってる。
けど、尻尾は上機嫌に立っていたのだった。
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