616話:天才の後継1
それから九尾の貴人は連日放課後に来た。
僕たちも連日だと付き合いきれないから、時間がある人が話を聞く感じになる。
だいたいネヴロフは、実物知ってるから付き合わされてるけど。
本人が自分の村にあるものが、他国、他種族の助けになるってことを理解してやる気が出てる様子だ。
僕も一応つき合うけど、他に呼ばれることもあったから、ほどほどだ。
イルメとマクスの解読とか、ウー・ヤーやイデスの通う技師の工房には、ハルマも増えてるから要素を見に行くこともしてる。
トリキスも時間を見てアレルギー関係で何か思うところがあったら意見聞きにくるし、ツィーチャ、ナムー、イー・ソンとイー・スーは護身術聞きにきてた。
「錬金術科ってずいぶん仲がいいのね」
トレビが言うと、様子見に来てるウェアレルが眉を上げる。
「私たちも放課後に魔法開発のようなことはしていたでしょう?」
「ほぼ口喧嘩だったではないか」
ムッフィの指摘に、ウェアレルが落ち着かなさそうに尻尾を振る。
どうやら本当らしい。
聞こうと思ったら教室の扉が開く。
見ればネクロン先生がいた。
「ヴィーはいないのか…………うわ…………」
なんかネクロン先生が、うわって言って聞き慣れない言葉喋った。
それに九尾の貴人たちが反応する。
いや、こっちも聞き慣れない言葉を喋り出した。
たぶんヘリオガバールの言葉なんだろう。
「何言ってんだ?」
わからないネヴロフはウェアレルに聞くけど、ウェアレルもわからないらしく首を横に振る。
「ムフトとトーレの故郷の言葉であることはわかりますが、内容までは。それに、ネクロン先生は随分流暢ですね」
言ってたら、ムッフィが答える。
「うむ、我が国の生まれらしいぞ」
どうやらそういう話をしてたらしい。
それは初耳だ。
ネクロン先生は北のツィーミール島という所から来たから、そこの出身かと思ってた。
ウェアレルも出身を初めて聞いて興味を示す。
「ヘリオガバールであれば、エルフの国からも船で行ける距離ですから、なくはないでしょう。しかし大陸の南から北に移り住んでいたとは、大変な環境の変化では?」
確かに南国に生まれて北の島国にって、けっこうなことだろう。
ただ前世南北に長い島国出身だと、そう言うこともあるよねってくらい。
こっちだと言語も文化も違いすぎて、難儀なんだろうけど。
「…………なんで王族が、錬金術科なんかに入り浸ることになってるんだか」
ネクロン先生は南北大陸縦断なんてことよりも、九尾の貴人たちが気になるようだ。
珍しく大人しいというか、なんかがっくりしてる。
そう言えば、冬前に貴人たちが来た時には大人しかった。
自国の王族と会いたくないからだったのかな?
トレビはネクロン先生の嫌そうな気配を感じながら、笑って見せた。
「やぁねぇ。喋らなければこっちだって国民だとは思わなかったのに。その様子だと、密出国?」
なんか不穏な言葉が出るけど九尾の貴人に気にした様子もなくムッフィも言う。
「講師がいるとは聞いていたが、まさか我が国から錬金術師が出ているとはな」
「そうよね、何処で学んだの? ここの子たちすごいけど、それは今が特殊っぽいわね」
ムッフィはヘリオガバールで錬金術師になれる人がいたことに驚いてる。
つまり、竜人の国に錬金術師はいないこと確定か。
チトス連邦には竜人の国から逃げた錬金術師がいたし、昔はいたはずなんだけどね。
まぁ、位置的に東のチトス連邦に近いのは、テルーセラーナ先輩やクーラの故国ネロクストのほうだし、残ってるならそっちかもしれない。
トレビは錬金術科に通う中で、どうやら僕たちの様子を観察してたようだ。
後輩や新入生も出入りしてたし、たまにイア先輩とかオレスがゴーレム関係でも顔見せてた。
何より卒業生のウルフ先輩と行動してたから、違いを感じるものがあったんだろう。
「…………もう五十年以上前のことだ」
たぶん密出国に関して、ネクロン先生が言い訳のように言う。
ウェアレルも罪人ではないとでも言うように経歴を教えた。
「こちら、錬金術科の卒業生ですから、学んだのはここでしょう。そこから独自に塾を開くまでになったのはご本人の腕だと思いますが」
「…………いや、ヘリオガバールにいた竜人の錬金術師から学んだ」
ネクロン先生はそう言って、じっと貴人見る。
けど当人たちは驚きを露わにしていた。
「錬金術師がいたのか」
「まだ生きてるのかしら?」
ちょっと期待の声が漏れるけど、ネクロン先生は素っ気なく応じる。
「いや、もう死んでいる。弟子もいなかった。仲間もいない。たぶん最後の竜人の錬金術師だっただろうな。だいたいは茶師を名乗る」
「「茶師!?」」
さらに驚く貴人に、ちょっとネクロン先生が遠い目をしたけど、僕たちに向けては、茶師っていう竜人の国独特の職業を教えてくれる。
どうやらお茶を路上で売り、その場でスパイスやハーブを調合して見せるそうだ。
お客のその日の気分や体調を聞いて、町医者のような診断も請け負うこともあるとか。
そこで使われる蒸留器やレシピが錬金術の流れを汲んでると言う。
「師に聞いた話によると、その昔、やってきた人間の錬金術師の腕を買った王族が、無理矢理王宮に閉じ込めて専属にしたとか。そこから結婚させられたり弟子を取らされたり。結果、竜人の錬金術師が生まれた」
「うわ、ひでぇ」
「良くある話ね」
ネヴロフと同時にトレビが言うと、ネヴロフは素直に引いて距離を取る。
「だが錬金術は廃れた。王が斃れ王宮が閉鎖されると市井に出て、茶師となって稼いだ。だから、頑固に錬金術師を名乗っていたのは師だけだった」
「ふぅむ、茶師に技術と知識がいるのはわかる。だがここで見る錬金術と茶師は違うだろう?」
ムッフィが聞けば、ネクロン先生は教師らしく応じた。
「まずやってきた人間の錬金術師はほぼ身一つ。いや、何人かの集団だったらしいが、どうも王族に気に入られて監禁されるなって、ほとんどは逃げ出したとか聞いたな」
「うわ、ひでぇ」
またネヴロフが引く。
トレビは岩盤浴のこともあって、逃げられないように指を動かす。
まるで威嚇する犬猫を招くように。
「ちっちっち、怖くないわよぉ。そういう身勝手な王族は大抵もう死んでるから。今いるのはだいたいが、昔の栄光維持しようと無駄に威張ってるだけのおじさんたちよぉ」
「おじさん…………」
ネヴロフは呟いただけだけど、目も表情も全て素直すぎた。
おじさん呼ばわりされたトレビは、笑顔を引きつらせて素早くうろこの生えた尻尾でネヴロフを捕まえる。
「おほほほ、三年目でその礼節のなってなさは、私心配だわー。教えてあげましょうかしら」
「うを!? 滅茶苦茶強い! なんだこの尻尾!?」
なんか教育的指導が始まった。
目を向けると、ウェアレルが仲裁に行ってくれる。
「むぅ、そうなると茶師に聞いても錬金術は?」
「知らないだろうな。茶師として継いだのは、金になって身を立てられるだけの技術だ。錬金術師はもっと金にならないものを求めるような奴らだろう」
「例えば?」
「…………贖罪」
「何かの謎かけか?」
「昔の錬金術師から言い伝えられてることなんかが色々あったが、今の世の中にどれだけ必要なものかはわからないな」
僕はその会話を聞いてちょっと思考が止まった。
だってネクロン先生、種族としてはエルフだけど、竜人の錬金術師の後継者みたいな立ち位置だ。
その上で、昔の錬金術師の話を伝え聞いてる。
その伝え聞く話の始まりは、竜人の国にやってきた複数の人間の錬金術師。
そしてその錬金術師は、竜人の王族に捕まった。
最近、似た話を聞いたんだよね。
技術を買われてしまったからこそ、竜人の王族に捕まっていた人間の錬金術師。
それが逃げ出して、チトス連邦までたどり着いた。
そこで仙人と呼ばれて、薬師としての技術を伝えたと。
さらにその仙人の悲願は、贖罪の旅を行いさらに東のニノホトへ至ること。
「えー…………?」
思わず声が漏れるけど、誰も聞いてない。
ネヴロフはトレビから逃げようとしてるし、ウェアレルは止めようとしてる。
ネクロン先生も目的果たしたから帰ろうとするのをムッフィが止めてた。
ネクロン先生はそれ以上語らないけど、錬金術師は金にならない贖罪を求めるっていうのは、どう考えてもあれだよね?
そう言えば、ルキウサリアが錬金術に力入れてることに興味持ってる。
お金に敏感だから、そこに結び付けてたけど、もしかして?
そう言えばロムルーシの錬金術師も、南から逃げて北に行ったって言うし、ネクロン先生は八百年前の天才とその贖罪の旅を知ってる人なのかもしれなかった。
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