605話:真聖女の遺物5
マクスを狙う聖女教会は、問題なく排除の動きになった。
その貢献を理由に、僕はマクスが隠したいだろう真実を引き出してる。
聖女の日記の真実は、研究記録のさらに下書き。
そして内容は、聖女の奇跡と言われる欠損部位さえ治癒する、薬に関わる研究だった。
「僕は本当に教会関係は疎くてね。こうして手を貸す形になってから調べたのが実情だよ」
「調べてそう簡単にわかるわけがないのですが」
「いやぁ、ちょうどその聖女関係に関わってしまった人から話を聞けてね」
「あら、どうして?」
マクスが息を呑むと、イルメが裏もなく聞いてくる。
「ほら、ハリオラータ。あそこが起こした事件に、聖女関係があったらしいんだよ」
婉曲に、だけど事実を伝えた。
学園内に潜り込み、さらには後輩のイデスが間接的に関わって、退学の危機にもなってる。
イルメからすれば、同じようにハリオラータ関係で余波を受けた誰かが、僕の交友の範囲にいても不思議はない。
直接ハリオラータのカティと顔も合わせてて、その説明関係で王城に呼ばれてるって授業を休むことも舌から、それ以上の質問はなく。
ただ去年のハリオラータ関係を大まかにしか知らないマクスは困惑した。
「ハリオラータがこちらで捕まり、学園内部にも侵入して研究成果を盗んでいたと言うのは聞いております。それと聖女と何が関係していると?」
「ハリオラータ、聖女の治癒に関しての文章を手に入れて、争ったみたいなこと聞いたけど? しかも相手は組織一つじゃなかったとか」
あの様子だと、確実にドンパチしてる。
その上で相手を釣るような形で、自分たちだけ逃げ果せてるんだ。
ただ思いのほか、マクスが前のめりで詳細を求めてきた。
「それは、どのような文章だったのですか?」
「いや、そこはさすがに知らないよ。そういう派手な取り合いがあったって聞いただけだから。けど、話の様子からその文章、争いの中で失われたみたいだったけど」
「まぁ、野蛮ね。けれど、あの激しさならそれもそうなるかしら」
憤慨するイルメだけど、ハリオラータ幹部と相対したからこそ、余波で取り合ってたはずの文章が消失したと言っても納得してる。
実際は九尾の聖人が勝ち取ったらしいけど、マクスの様子から知らないっぽい。
いや、取り合いが起こったと言うし、たぶん所有してること自体、秘匿してるんだろう。
「な、なんてことを」
マクスはショックで顔色を失くす。
まぁ、歴史的な価値もあれば、研究史料としても意味のあるものだ。
そんな知的財産が、欲に塗れた暴力で失われましたとか、やるせなさがひどいことだろう。
けどそこら辺、実感のない他種族のイルメが冷静に、今あるものを吟味する。
「そもそもあれが下書きなら、研究書自体が出来上がっていたのよね。文章はその研究書そのものかどうかは知っている?」
「いや、一ページって聞いた。そう考えると、もしかして聖女の研究書はバラバラになってるの?」
イルメに言われて気づいたけど、それはそれで大変だ。
なんて気楽に話してると、マクスが神妙に応じた。
「実は、研究書自体は何度か盗まれることもあり、まだ初期の聖女教会に棄損されかけたこともあり。聖女の遺物を守る者と奪う者の間で、秘密裏に闘争が繰り返されていました」
「あー、つまり、長年かけてバラバラになっちゃったと」
「存在自体を秘匿されて、今では実在を疑う声もあるのですが」
最後に濁すように応じるマクスに、イルメは視線を鋭くする。
「けれどこうして下書きがあるのなら、実物もある。その実物、ちゃんと保存されているのかしら?」
「うーん…………」
思わず声を漏らすとイルメとマクスにが僕を見る。
けどこれ、言うべきかどうか。
だって、聖女の奇跡が薬なら、それは言い換えれば、聖女の秘薬と呼べるものだろう。
そんなものを再現しようと錬金術科に入ってた先輩が、去年までいたなって。
けどどうも聖女の遺物の扱いを見ると、研究しようってこと自体が危険に繋がる。
それにマクスとキリル先輩が対立関係にあるかもしれない。
下手なことは言えないから、ここは別の疑問をぶつけよう。
「マクスが持ってるの、あくまで下書きなんだよね? じゃあ、どうして青なんて高価な色使って彩色までされてるんだろう?」
「それもそうね。下書きにしては走り書きと言う雰囲気でもなかったし」
イルメも下書きにしては完成度の高い様子に頷く。
それにはマクスもこれ以上の秘密は解明の足かせと判断し、素直に応じてくれた。
「はい、実は聖女さまが後年我が国に戻られ、わざわざ隠した文章なのです」
「わざわざ、隠したんだ?」
「もしかして、聖女が生きていた時代ですでに、治癒の薬を奪い合うようなことが起きていたの?」
イルメがズバリ聞く。
まぁ、効果を考えるとね。
欠損まで治せるなら誰でも欲しいって言うだろうけど、作れるのが聖女一人で聖女の特殊能力とかならまだ良かった。
けどそのレシピがあるなら、自分で再現すればいいって話になる。
「教会が治癒の魔法を独占してること考えると、権威のため、お金のため、使用に制限がある、作成方法に問題がある、そのどれかかな」
「全てです」
迷いなくマクスが答えた。
「私に伝わっている話では、教会の権威付けと、戦争抑制、王侯貴族からの寄進の増進など、まぁ、良くも悪くも世俗的な裏もあり。そして技術的には大変難しい精製方法であること。扱いが難しく、保存にも問題があったため、現物は残っていないとも」
「まぁ、薬だって言うなら使用期限もあるよね」
「また、聖女への声望を高めることと製作の難しさから、聖女のみが使える奇跡だったのだとも言われます。そのため聖女の奪い合いが起きたとも伝わりますね」
「それ、出身国のあなたのご先祖も奪い合いをしようとしたのではないの?」
イルメが容赦ない。
マクスは苦い顔になりそうなところを、苦笑に留める。
「遠い昔の人の腹の内を覗くことはできませんので。我が国はそのような苦境にある聖女を保護しようとしていました」
「まぁ、下書きを残したことを思えば、完全に聖女にとって敵だったわけではないってことじゃない?」
取り成してみたけど、聖女も全面的に信用してなかったのも窺える。
それがヒントなしの謎言語。
見る限り、解かせる気がないように見えるんだ。
「読ませる気がないのに遺すのも変な話ね。あなたたちが気づいていない謎解きのヒントがあるかもしれないわ」
イルメは好意的に、マクス側の見落としを指摘する。
「ヒント、ヒントですか…………。そう言えば、ごく短い詩の構想が一緒に見つかったと」
「それヒントじゃないの?」
「いえ、本当に書きかけのもので、書かれた紙も切れ端。また、その完成した詩を綴った別の遺物がムルズ・フロシーズに残っていまして、薬には関係ないだろうと」
マクス曰く、研究書とは無関係の遺物は、聖女の出身地だからこそ、それなりに残っているという。
イルメは手探りの現状を考えて、少しでも可能性を求めた。
「いちおう、何が書いてあったかは教えてちょうだい。覚えている?」
「はい、私も一度はヒントと思って調べましたから。ただ本当に断片的な短い物なのです。…………太陽が左の目を瞑る。私を右の目で射る。されど頂きは水底。日出るを望み、不変と不屈の輝きを知る。書を繰る指は届かず、贖罪探す足は遠のく」
「確かに何を言ってるのか。それに季節を謳う様子もないわね。詩は文化の違いがはっきりしすぎていて…………アズ?」
マクスが口にした詩の断片に、僕は思わず固まってた。
それに気づいたイルメが声をかけると、マクスも瞠目した。
「まさか、わかったのですか?」
「いや、違う。違うんだけど…………」
水底だとか、書だとか。
それに日が昇る先は東で、贖罪とかって。
あんまりにも封印図書館と被る単語だ。
何より、文言に錬金術の暗号があった。
「聖女って、錬金術師?」
「薬師というべきではないかしら?」
イルメに、マクスも知らないと首を横に振る。
「薬師っていう立場が確立したのは、最近のことだよ。それとイルメ、錬金術の暗号で片目を瞑った太陽の絵、見たことない?」
「あるわね。確か、左目を開いていると黄昏、右目を開いていると朝焼けだったかしら?」
「それね、別の解釈では、太陽は須らく照らすってことから、両目で今を見る存在とされるんだ。そして過ぎ去った夜が過去、明け来たる朝が未来っていう含意があるんだ」
つまり、太陽の両目を開いてると現在で、黄昏に目が開いてるなら過去を見てるし、朝焼けにだけ目が開いているなら未来を見ていることになる。
聖女の詩をこれに当てはめると、左目を瞑るのが過去を見ないことを表し、聖女を射る目が右なら未来を見てるという意味だ。
そこもまた、遠い過去、僕より古い時代の聖女よりも古い、封印図書館を連想させた。
「そして、不変と不屈は、錬金禁術でその名を冠する物質、アダマンタイトがある」
「アズ先輩がおっしゃるとおり、先祖も見逃したヒントがありそうですね。その上で、私は錬金術科に入って正解だった」
今までになく、マクスがやる気になってるのだけは確かだ。
けどこれは、封印図書館に関係があるとなると、また調べるのに躊躇するんだよなぁ。
僕は聖女の遺物の真実を前に、二の足を踏むことになったのだった。
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