第4話:八つ当たりだと分かってはいるさ。
「ひ、久しぶりだね。衣織」
突然現れた唯花は胸元で手を振りながら、ぎこちない笑顔を作っていた。
「お、おう。久しぶり」
そんなぎこちない仕草はこちらも同様で、半笑いになりながら下方向へ逃げるように視線を向ける。
そんな二人ではコミュニケーションを成立させることができず、最初からから気まずい沈黙が訪れた。
お互いが無意味に手を動かしたり、口を開け締めしていると季節外れの冷たい風が二人を覆う。
すると体がブルっと震え上がり、「家の中に入るか?」と自然に誘うことができた。
それに対して唯花は小さく頷くと、俺の背中を無言で付いてくる。
「おじさんとおばさんは?」
その質問に対して、「二人は仕事だよ。最近忙しいらしい」と言ってキッチンに立った。
「コーヒーと紅茶、どっちがいい?」
それに彼女は「紅茶で」と答えたため、少し値の張るダージリンを用意して手際よくティーカップに茶を注いだ。
最後にソーサーの端っこにクッキーを数枚乗せると、彼女の前に差し出した。
「どうぞ。今日は少し寒いからホットにしたよ」
ダージリンの香りのおかげだろうか。
彼女の顔がそっと綻ぶと、俺が一番好きな表情を覗かせてくれる。
「ありがとう。頂きます」
唯花が品よくカップに口を付ける姿は、何度見ても絵になる。
そんな思いで顔を眺めていたら、「やっぱ美味しいな。衣織の淹れるお茶は」と言って顔をこちらに向けた。
そしてお互いの視線が合うと、そのまま会話は進んでいく。
「当たり前だ。何せ魔法が掛かっているからな」
そんな戯言を吐いてみると、唯花は笑って「確かに。これは魔法に違いない」と琥珀色に視線を落とした。
こんな時間、いつぶりだろうか。
ゆっくりと満たされていく感覚は体の芯まで浸透していき、脱力の状態へと導いてくれる。
空になった茶葉の缶を見てすぐ携帯で新しいものを注文すると、携帯からゆっくり視線を外す。
「ねぇ衣織」
そのタイミングを頃合いだと感じた唯花は少し重たい雰囲気を纏いつつ、「あのさ、どうしてグループラインを抜けたの?」と本題に移行した。
どうやらブレイクタイムは終了したようだ。
「いや、ただの気まぐれだよ。高校も別々になったから、プライベートな話題もするだろうし……」
その答えに対して唯花は何か言いたげに口を開くが、ぐっと喉を震わせながら飲み込んでいく。
次に髪をクルクルと人差し指でいじりながら「じゃあどうして個人アカウントもブロックしたの?」と疑問を呈した。
「どうしてそれを知っている?」
そう尋ねると彼女は、「連絡しても一向に既読は付かなかったからね。それに、相手がブロックしているか確認する方法だってあるんだよ」と溜息を吐く。
なるほど、関係を断ち切りたいと思っても、一筋縄ではいかないらしい。
「ねぇ衣織。みんなでカフェに集まろうよ。それでさ、また同じ関係に戻ろう?」
彼女が俺に送る真剣な眼差しは、提案ではなく願望の現れだった。
できるならばそれを叶えてあげたい。
だけれど、自分にはその勇気がなかった。
首を横に振り、「戻らない」と小さく呟く。
その声量と反比例するように唯花は「どうして!」と声を荒げた。
どうしてって、理由なんて大体想像が付くだろ。
俺みたいに馬鹿じゃないんだから。
苛立ちを自制できず、乱暴に頭を掻くと言う行為で心情が表面化してしまう。
そして、語気を強めながら「お前たちといると劣等感で辛いんだよ! だから距離を置きたいんだ! 俺なんか放っておいて、新しい面子と友情を育んでくれよ! そして竹取衣織という存在を完全に消し去ってくれ!」とグロテスクかつ滑稽な本心を吐露する。
すると彼女も本心を剥き出しにして「そんなの……、忘れるわけがないでしょ!」と声を張り上げた。
その言葉を聞いた瞬間、今まで感じていた熱が急激に低下して、思わず「フッ」と嘲笑が零れる。
それを聞いた唯花は、「何?」と眉をひそめて怪訝な表情に変わった。
俺はそんな彼女を挑発するようにおどけた態度で、「いや、だってさ。俺の誕生日を忘れて他の人を祝っていただろ」と口にする。
唯花の表情が「どうしてそれを知っているの?」と言わんばかりに固まった。
それを好機と捉えた俺の嗜虐心は更に攻撃を続ける。
「別に祝ってもらいたかった訳じゃない。だけど、誕生日に冷たい雨に打たれながら帰るあの感覚は当分忘れられないね」
できるだけ彼女の良心を傷つけるように細心の注意を払おう。
俯きながらも少しだけ彼女の顔が見えた。
唯花が抱えた複雑な心境は俺にとって最高の蜜となる。
「俺みたいな無能は早く忘れて、優秀な男と良い人生を歩めよ。大丈夫、邪魔はしない。唯花の目に入らない掃き溜めから見守っているさ!」
あぁ、できるならば俺の喉を誰か切り裂いてくれ。
そうすれば、こんなことを言わないで済む。
優しさの介入しない、悪戯に傷つける言葉はもうたくさんだ。
それでも、俺の口から出るのはおぞましいものばかりであった。
リビングには俺の声だけが響き渡り、彼女は何も言い返さないでただじっと耐えている。
それが気に食わないと思ったのだろうか。
もしくは、もう全てを終わらせたいと考えたのか。
自分の気持ちが分からないが、全てを決定させるワードが頭に浮かぶ。
これは冗談でも伝えてはならない。
そんなことは知っているが今の俺は暴走機関であり、理性では動かない獣なのだ。
俺は自分に対する恐怖のあまり、笑顔を作った。
そしてその表情のまま髪をかき上げて、唯花にこう伝える。
「俺は、お前のことが昔から大嫌いだ」
ここでようやく、彼女が顔を上げて俺と視線が合った。
彼女の顔に表情はない。
だけれど、澄んだ瞳から流れる涙が全てであった。
「……んじゃえ」
唯花は小さな声で何かを呟く。
その言葉を待っていると、彼女は最大限の怒りを顔面に貼り付けて「衣織なんて、死んじゃえ!」と部屋中に怒鳴り声を響かせた。
直後、俺の頬に強烈な平手打ちが飛んでくると、その衝撃に耐えられずに床へ倒れ込む。
唯花は蔑むようにこちらを見下ろすと、そのまま何も言わずにこの場を去った。
そして待ちに舞った沈黙が訪れる。
しかし、一切の喜びを感じさせない。
無味の虚しさだけが重く体に圧し掛かり、立ち上がることができなかった。
俺はまるで死体のように一点だけを見つめていると、急についた照明によって瞳孔が縮小する。
「どうしたの衣織!?」
駆け寄ってくる母と、手元にあるラッピングされた箱。
心配する母をよそ目にそれについて尋ねると、「床に落ちてたのよ。これ、あんたのじゃないの?」と首を傾げた。
「そんな事より、具合が悪いなら病院に行かないと……」
「いや、その必要はないよ。母さん」
そう言って母から箱を受け取ると、自室に戻ってそれを開ける。
するとそこには俺が一年くらい前に欲しいと言っていた懐中時計と、「ハッピーバースデー衣織! 一日遅れてごめんね (人>_<)」と書かれたメッセージカードが備えられていた。
きっと唯花はこれを届けるために自宅を訪れたのであろう。
それなのに、俺は彼女の優しさを無下にした。
自分が犯した罪の意識はどうやら遅効性らしい。
俺はその懐中時計を強く握りしめて何度も何度も自分を責めた。
しかし、それはただの自己満足であり何の意味もなさない。
「本当に俺は、どうして生きているんだ?」
そんな疑問を抱きながら、懐中時計を首にぶら下げる。
そのまま玄関の扉を開けると、針のように鋭い風が一気に入り込んできた。
俺は神に祈るように夜空を見上げると、そこには満天の星々が顔を覗かせていて、その光景に思わず皮肉を感じ取ってしまう。
「ごめんな。唯花」
空に向かって謝罪をするとゆっくり前に進み始める。
目的地は分からない。
だが、この場に留まるのは間違いであると何故だか知っていた。




