第12話:俺は運がいい
「よし。これで掃除終わり」
額に滲み出た汗をタオルで拭うと、それを洗濯機の中に放り投げる。
ここでの生活にも慣れてきた今、昼の10時くらいに部屋をピカピカにするのが日課となっていた。
しかし、現在に至っては気分を紛らわすために掃除をしていると言った方が正しい。
少しでも暇があれば、カフェでの出来事がフラッシュバックする。
彼女が見せた異様な行動。
それについてもっと深く知りたい気持ちがあったが、なかなか本人に聞けずにいた。
俺は唯花に期待してあちらから説明してくれることを願ったが、普段通りの日常がただ過ぎていくだけであった。
「このまま何もしないんじゃ、駄目だよなぁ」
俺は顔を叩くと、身支度を整えて玄関を開ける。
この辺りには本屋があったはずだ。
そこで何か料理の本を読もう。
そして、美味しいものを食べた唯花がポロっと口を滑らせるかもしれない。
そんな淡い妄想を抱きながら、アスファルトで舗装された道を歩いていく。
途中、あまりの暑さにふらつきを覚えるも、何とか目的の場所に辿り着いた。
本屋は冷房が良く効いていて確かな安らぎを与えてくれる。
俺は一呼吸して周囲を見渡すと、自分が想像している本屋とは少し雰囲気が違うことに気が付いた。
「どちらかというと雑貨屋だな」
珍しいお菓子であったり文房具、その他の日用品がメインで置かれていて、本のあるスペースはかなり限られていた。
昔みたいに本棚に囲まれた雰囲気が好きだったんだけどな。
そんなことを思いながらも近くの本屋は軒並み潰れていたため贅沢は言えず、僅かな料理本を手に取り、今晩のメニューを考えていた。
俺は顎に手を当てて、今晩の献立を決めていると竹中が「何してんのー」と声を掛けてくる。
「あぁ、ちょっとした調べものだよ」
自分で言葉を発して数秒が経つ。
すると、俺はほぼ反射的に首をグイっと曲げて彼を見つめた。
「へー。それ作ったらさ、俺にも食わしてくれよ」
まるで昨日振りかのようなその態度に困惑しながらも、「竹中、お前、俺が分かるのか?」と尋ねた。
俺は十年前とほぼ変わらない彼に釘付けになっていると、へらへらした笑みを浮かべながら「竹取衣織だろ? 自慢じゃないが、同級生の顔と名前を忘れたことは一度もない」と胸を張る。
違う、俺が言いたいのはそういう事じゃない。
「お前、俺が死んだことを知らないのか?」
そう声を震わせながら彼に問いかけると、「知っているさ。でも、こうやって生きているな」と平然とした様子で口にする。
それが分かっていてもなお、何のためらいもなく話しかけたのか。
竹取の異次元な感性に思わず頭を抱える。
タイムトラベルしてから驚かれることはあっても、自分が驚くことは無かった。
状況を把握できずに呆然としていると、目の前で「どうした、生きてるかー?」と竹中は大袈裟に手を振る。
「だ、大丈夫。ちょっと口から心臓が飛び出そうになっただけ」
そんな比喩に彼は「おぉ。タイムトラベラーはそんなこともできるのか」と感心した様子を見せた。
おい、どうしてこいつはタイムトラベルしたことを知っている。
俺は不信感から距離を置こうとすると、それを察してか「こんな場面は漫画で何回も見てるからな。既に予習済みよ!」と自信たっぷりに笑みを見せた。
「よし、立って話すのも何だ。近くのスタバでフラペチーノ飲もうぜ」
そう言うや否や、こちら意見も聞かずに腕を掴むと、そのまま俺を連行する。
「いやー、やっぱ俺は運が良いな」
そんな馴染みのある台詞を吐くと、俺たちはカフェのテーブルに向かい合って腰を掛けた。
正面を向くと、にこにこ笑う竹中がこちらを見ている。
それに俺も愛想笑いを返すが、それ以上何をすればいいか分からない。
ここはそれらしく会話をすればいいのだろうが、過去に冷たい態度を取っていたことを思い出すと、居たたまれない気持ちになって上手く喋れない。
ここは無難に天気の話をしようか。
もしくは、彼の現在について聞いてみるべきか。
頭を懸命に捻りながらそれらしい話題を探していると竹中が、「今はやりの漫画があってさー」と言ってスマホの画面を見せてくる。
その第一声はまたもや俺を驚かせるものであった。
普通ならば、タイムトラベルの方法や目的に興味を抱くはずだ。
それなのに漫画の話をするのか。
俺は思わず「どうやってタイムトラベルした知りたくないのか?」と尋ねると、彼はとても不思議そうな顔をした。
そして考える様子を見せること数秒後、「別に未来とか過去なんて興味ないし。どちらかというと、今が全てだ」と笑う。
そのタイミングで二つのフラペチーノが店員によって届けられた。
「これは俺の奢り! この新作を是非とも竹取に飲んで欲しいんだ!」
俺は彼に勧められるままフラペチーノを飲んだ。
すると糖分によって頭が冴え始めたのか、一つの事実に気が付く。
竹取は今の俺を見ていた。
それに対して、唯花を含めた全員は過去に存在した竹取衣織を見ている。
そこに優劣がある訳ではない。
これは個人の捉え方であり、何なら竹中だけが異常とも言える。
「どうした竹取。美味しくないか?」
不安そうな表情を見せた竹中に首を振ってそれを否定する。
こいつは本当に良い奴だ。
そして、今まで彼に対して行ってきた非礼を心から悔やんだ。
「竹中。十年前、お前を突き放した態度を取ってごめん」
俺は心から詫びを入れると、竹中は目を見開きながら「えっ、俺突き放されてたの!?」と驚きを露にした。
「素っ気ない態度はただの性格だと思ってた」
彼のあっけらかんとした様子を見ると、懸命に振り絞った勇気が無駄であったように感じる。
「そんなことよりさ、フラペチーノの感想を教えてよ?」
竹中は本当にこの話題に興味がないらしい。
「あぁ。とても美味しい。遠慮しないアメリカンな甘さが最高だ」
そう率直な感想を伝えると、「だろだろ? 絶対に竹取は気に入ってくれると思ったんだ」と手に持ったカップを掲げる。
「おい、人前で恥ずかしいから止めろ!」
周囲の様子を確認して、冷や汗を垂らしながら暴走する竹中を制止する。
「じゃあ、このスイーツも美味しいんだ。是非食ってくれ!」
その凄まじい情熱はスマホを操作する指で良く分かる。
そんなにおすすめのスイーツがあるのなら食べてみたいが、生憎持ち合わせがほとんどない。
「竹中。悪いがそこまで金に余裕がある訳じゃないんだ」
そう伝えると、「大丈夫。俺の奢りだ!」と気前の良さを見せた。
気持ちはありがたいが、金は永久に湧き出るものではない。
「本当に良いんだよ。善意だけ受け取っておく」
そんな遠慮した様子を煩わしいと感じた竹中はスマホの画面をずいっと見せてきた。
どうやらそれは彼の銀行口座らしい。
俺は見せつけられた文字や数字を見ていると、あり得ないほどのゼロが表示されていることが分かった。
それを指で一つずつ数えていくが、途中で分からなくなって、後ろから何度も数え直す。
「これ、俺の金。全部で十億」
その圧倒的な数字を聞いてもいまいちピンとこない。
これは彼のつまらないジョークだろうか。
もし、そうでなければ何かしらの犯罪に関与している可能性が高い。
俺はストローから口を離すと、椅子を後ろに引いた。
「一体、この金はどこで手に入れた?」
思わず生唾を飲み込みながらそう尋ねると、「当たったんだ。宝くじで」と分かりやすい嘘を吐く。
これは黒寄りの黒だ。
どうやら竹中は犯罪に手を染めたらしい。
「あ、そういえば用事を思い出した」
そう言ってこの場を立ち去ろうとしたが、逃がさないと言わんばかりに俺の腕を強く掴まれた。
これは厄介なことに巻き込まれた。
きっと汚い金で飲食をしたことを揺すられて、強盗や密輸などに加担させられるのだろう。
全く、俺は何てついていないんだ。
「わ、分かった! お前の言う事は素直に聞く。だから俺以外の人間には迷惑を掛けないでくれ!」
そう手を震わせながら懇願するが、彼は意味が分からないと言った表情をして、「これ、当選証明書。偽装を疑うなら銀行に連絡してもらっても構わない」と写真を見せてきた。
俺は彼の言うとおり、銀行へ連絡を取って真偽を確かめる。
するとどうやら、彼は本当に高額当選を果たしたらしい。
「宝くじって、本当に当たるんだな……」
本音がポロっと漏れると、彼は両手を頭の後ろで組みながら「俺は運が良いんだ」といつものセリフを口にした。




