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ラヴィニア嬢はこのモヤモヤを言葉にしたい  作者: 猫の玉三郎


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5/6

Case5:

 ある日の午後。

 屋敷の家令がラヴィニアの元へやってきた。いつになく表情を硬くしており、なにか困ったことがあったのだとすぐに察せられる。


「実は今、お客様が見えられて――トーマス様でございます」

「え?」


 なんと婚約者候補であるトーマスが、ラヴィニアに会わせろと突然訪ねてきたらしい。しかも本人いわく、急ではない、訪ねる旨はラヴィニアへの手紙で伝えていたと。


「……どうしよう、手紙を読んでいなかったわ」

「応接室でお待ち頂いているのですが、どういたしましょう」


 ラヴィニアはしばし考えた。

 今日は父も母も出かけていない。そうすると会うも会わぬもラヴィニアひとりで決めなければならない。

 もしトーマスの訪問を受け入れたとしてどうなるだろう。困る。直球の感想はこれだ。

 そしてなぜ困るのかを考えてみると、「どう対応していいのかわからない」が出てくる。ラヴィニアの意思を無視した訪問に困惑しているのかもしれない。


「もしお嬢様がお会いになりたくないのでしたら適当に理由をつけてお帰り頂くことも可能ですが」


 考え込むラヴィニアを見かねて、家令がおずおずと申し出る。

 訪問のマナーとしては一方的で褒められたものではない。しかし向こうは貴族の三男で、継承権はないとしてもその方面のパイプを期待された人物だ。今後どういう関係になるにしろ、わかりやすい居留守で機嫌を損ねるのは得策ではない気がする。


「私、会います。用意をするのでしばらくお待ちくださいと伝えてくれる?」

「かしこまりました」


 さほど変な恰好ではないため、ささっと身だしなみを確認して応接室へ向かう。


「お待たせして申し訳ありません」

「いや。こちらも急で悪かったね」


 そう言うトーマスの表情は表現しづらいものだった。

 笑顔ではある。しかし、その瞳が言っている。『この俺を待たせるとはいい度胸だ』と。


 席に着くと同時にお茶やお菓子が運ばれる。そのことがいくらかラヴィニアの心を癒したが、使用人たちが出ていくと応接室はたちまちしんと静まった。先に口を開いたのはトーマスだった。


「ねえラヴィニア。先日のことだけど、いや悪かったね。まさか彼女と会うとは思ってもみなかったんだ。あれは昔から付き合いがあってね。気安い仲なんだ。だから――」


 ドキドキと心臓が早鐘をうつ。

 なおも説明しようとするトーマスをラヴィニアは遮った。


「申し訳ありませんトーマス様。謝罪は、その、必要ありません」


 とんでもなく失礼だろう。

 ラヴィニアとてそれは充分に承知していて、その上で勇気を振り絞り言っている。下げた頭にトーマスの視線が刺さる。ひざ上できゅっと握った拳に汗がにじんだ。


「……謝罪は不要ってことかな。きみの広い心に感謝するよ」


 声音から不機嫌に拍車がかかった気配を感じた。ラヴィニアごときが調子に乗るなということだろうか。言葉ではなんてことなさげに言っているのに、そのギャップが怖いくてたまらない。

 今すぐにでも謝って前言撤回したい。けれどラヴィニアはここで折れるわけにはいかなかった。ずっと心に秘めていたことを相手に伝えるチャンスが『今』なのだ。


「不要というわけではなくて……私、なんとお答えしていいかわからないんです」

「……?」


 意味がわからないとばかりに眉をつりあげるトーマスへ、ラヴィニアは必死に説明した。


「わ、わかりましたと言えば謝罪を受け入れたことになります。受け入れたからにはこの件はもう終わりですよね。済んだものをいつまでも引きずっては、度量が低い者と見られますから」


 商売人の世界は特にシビアなんだと父や母は言っていた。筋を通すこと、約束を守ること。守べき矜持と懐の大きさをどう相手に示していくかは大事だ。ケチ過ぎても許しすぎてもだめ。少なくないお金が動く世界だからこそ、問題があった場合は双方に遺恨が残らないよう知恵を出す。


 そう理解はしているけれど、実践するにはどうしたらいいのかはわからない。わからないものを考え続けるのは大変だ。けれどラヴィニアなりに考えて答えを探していく。頭の中に広げたノートに自分の思考を書き出して、枝葉をとりはらった素直な感情を見つけていく。


「今ここで謝罪を受け入れてもうまく気持ちを消化できそうにないんです。だから私はハイわかりましたと言えません」


 ただラヴィニアは必死なあまり、目の前に誰がいるのかすっかり抜けていた。


「トーマス様の謝罪に『いいえ許しません』とはっきり言えればいいのですが、そうするとその後円滑にコミュニケーションをとれる自信がないです。イーブンにする取引だって思いつかないし、トーマス様はどうしたって怒るでしょうし――」


「当たり前だ!! 黙って聞いていればなんなんださっきから……!」


 トーマスの大きな声で我に帰った時にはすでに遅く。


「も、申し訳ありません! どうしよう、私、失礼なことを――」


 続けようとした言葉を直前でのみこむ。

 普段であればここで謝罪を重ねる。ひたすら謝ってやり過ごして、自分はなんて愚かなんだとひとりになって落ち込む。でも。


 自分が悪いのはわかりきっている。だったら、もう、謝罪ついでに思っていることを言ってもいいのでは。思いの丈をぶつけるチャンスなのでは。


『いいじゃん。言ってやれよ』


 頭の中のリアムが言う。いじわるそうな笑顔でラヴィニアを応援してくる。単なる想像なのに、不思議と勇気が湧いてきた。だんだんと覚悟が決まってくる。


 ラヴィニアはひざの上でこぶしを握り直し、でも視線は上げることはできないまま、意を決して口を開いた。


「トーマス様! さ、幸いなことにトーマス様と正式に婚約を結んでいたわけでもないですし、こんな不甲斐ない私のことは忘れて、どうか、どうか別の方とお幸せになってください! お願いしますっ……!」


 薄目でそーっと相手の様子を伺えば、相手は顔を真っ赤にしてぶるぶる震えていた。


「ふ、ふざけるなっ、なぜこの僕がフラれたような形になるんだ! おまえのような陰気で頭のおかしな平民女、こっちから願い下げた!!」


 トーマスは怒りで全身から湯気がでそうな勢いだ。

 圧倒され目を丸くするラヴィニアへ盛大に舌打ちをすると、トーマスはそのまま扉の外へ出て行ってしまった。あとでやってきた家令から、憤慨した様子のトーマスが屋敷を出て行ったと報告を受けた。


「……やらかしちゃったわ」


 婚約の話はこれですっぱりきっぱりなくなったと言っていいだろう。穏便に解消どころか相手を怒らせて、両親にどう説明しようか頭が痛い。


「でも、いい気分」


 体からふっと力が抜け、ラヴィニアの顔に笑みがこぼれる。

 それを見た家令が嬉しそうに目を細めていた。



 ◇



 その翌日。


「あの、リアムさんいらっしゃいますか?」

「マジで俺自信なくなってきたんだけど」


 ラヴィニアはまたリアムのもとを訪ねていた。

次回最終話です

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