Case6:
「リアムさんのおかげで言いたいこと言えました!」
「そりゃよかったな」
ラヴィニアはまた手土産をいくつかもってリアムの元を訪ねていた。今日はアイシングがきれいなキャロットケーキとバターたっぷりの焼き立てクッキーだ。キャロットケーキにはシナモンがたっぷり使ってあって好みが別れることもある。苦手なものがあったら持って帰ると伝えたが、リアムは今回も全てお気に召してくれたらしい。
「この件で両親に迷惑をかけることになったらいやだなと思っていたんですけど、大事にならずにすみそうです」
リアムはリアムでまたコーヒーをご馳走してくれた。この間ふるまってもらった半分をミルクでわったもので、これが焼き菓子とよくあう。
「おいしいですね」
「うむ」
ラヴィニアはミルクコーヒーをちびちび。
リアムはクッキーをちびちび食べている。
無言であっても居心地の悪さは一切感じなかった。しゃべってもいいし、しゃべらなくてもいい。こんな緩やかな雰囲気は初めてだった。きっとラヴィニアに対するリアムの無関心さも大きいのではないかと思う。きっとリアムはリヴィニアがどんな人間でも気にしないだろう。そしてラヴィニアにとっても彼は困った時に手を差し伸べてくれたただ親切な人。婚約者候補と会う時のような緊張もなく、気兼ねなく接することができた。
彼はどうだろう。
訪ねる度に驚かれているが、もしや迷惑だっただろうか。ちらりと視線を投げかけると、顔も上げずに「なんだよ」とぶっきらぼうに言って来る。
「今さらなんですけど……わたし、たくさんお邪魔してご迷惑じゃなかったかなって」
「今さらだな」
「す、すみません」
リアムはふんと鼻を鳴らす。
「最初はなんだコイツと思ったけど。……菓子うまいし。別に迷惑じゃない」
「リアムさん……!」
「おい、俺のことチョロいとか思ってないだろうな」
「なんて優しい人なんだろうって感動してます!」
元気いっぱいに答えたラヴィニアをじろりと睨みつけるリアム。けれど不思議と怖くなかった。他の人であれば不快にさせたと思って謝り倒していただろうに、この違いはなんだろう。リアムが特別なのか、それとも別のなにかがあるのか。言葉にできそうでできないもどかしさはあるけれど、トーマスの時と違って嫌な感じがない。
そう思うとリアムに対する好奇心がむくむくと湧いてきた。この人は普段どういう生活をしているんだろう。好きなものや嫌いなものはなんだろう。
「リアムさんは普段はどんなお仕事をされているんですか?」
彼は凄腕の占い師だ。きっとあちこち引っ張りで、日々忙しくしているに違いない。
「機密だからあんま言えんが……まあ基本は訓練だな。案外体力もいるしランニングとかも結構やるよ」
「そうなんですか」
意外だった。占い師と言えど体力は大事らしい。確かにリアムはしっかりした体つきだった。腕なんかは筋肉の筋があったりして、華奢なラヴィニアの腕とは比べ物にならない。占い師といえば少し儚げな印象だったら不健康そうで退廃的な雰囲気がありそうだけど、リアムは健康的な青年そのものだった。軍人と言われても信じてしまいそうだ。
(そういえば魔術師団の人たちもしっかりした体付きだった気がする。あの人たちも訓練してるのかな)
両親の仕事柄、魔術師団の人間をよく見かける。彼らは国のスーパーエリートで、出自関係なく実力で階級を上げていくそうだ。話題の天才魔術師もそうしてみんなに認められているとか。相変わらず姿をくらますそうだけど、まあ自分にはとんと関係のない話だと、ラヴィニアは目の前の男を改めて見た。
歳が近い、親切な占い師。
まだまだ知らない面はあるけれど、ラヴィニアはリアムのことを好ましく思っていた。優しくて面倒見がよくて物知り。ときめく、ではないと思う。安心や信頼の類いに近い。
「訓練以外はたいしたことない。要請があれば現場に赴いて、仕事してさっさと帰る。そんだけ」
「すごい……」
「別にすごくねえよ」
ふんと横を向いてしまうリアム。けれどその表情はまんざらでもなさそうだ。
しかし要請があれば困っている人のところへ行って助言を与えるとは、なんと立派な志だろう。占い師とはこうも人徳者なのか。なにか力になれたらいいのに。
「わたし、本当にリアムさんに助けられたんです。5ギルでは済ませられません。だからどうか力になれることがあるなら言ってください」
心からの言葉だった。
しかしリアムの表情はなんだか変だ。「そんなものいらん」とも言わずなんて返事を想像していたのに、ただただジトりとした目で見てくる。
「あ、あの、わたし変なこと言いましたか?」
「……俺を育ててくれた偏屈なジジイがさ」
脈絡ない話題。
ジジイ。前もリアムが言っていた人だ。
「もっと人を知れって言うんだ。賢ぶるな、自分を中心に世界は回ってるんじゃねえって。自分とまったく違う考えや能力を持つ人間がこの世にはたくさんいて、中にはバカみてえに善人なやつもいるんだと。だからテメーみてえなクソガキは頭下げてでもそうい人たちと仲良くしてもらえって。意味わかんねえよな」
だからじゃねえけど、と言ってそっぽを向くリアム。
「ラヴィニア」
うっすらと染まった頬。
いつもより歯切れの悪い小さい声。
「俺と仲よく……し……てやってもいい、けど」
そのひと言に、ラヴィニアは心が浮き立った。
「はい!」
リアムはバツの悪そうな顔でいまだにラヴィニアを見ない。それがかえって心地よかった。もし真正面から肩を掴まれて「仲良くしよう」なんて言われたら怖くて逃げ出したくなっていたかもしれない。
「じゃあわたしたち、お友だちですね」
「そ、そんなんじゃねえよ」
「そうなんですか? わたしはリアムさんとお友だちになりたいです」
するとリアムが顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。鈍いラヴィニアでもさすがにピンと来る。今、リアムは照れている。どうして? もしかしてラヴィニアが友だちになりたいと言ったから? するとリアムは目を潤ませながらラヴィニアをギロりと睨んできた。
「おい今俺のことチョロいって思っただろ!」
「め、滅相もないですー!」
リアムと一緒にいると楽しくて、予想がつかなくて、胸がわくわくドキドキする。
この胸の高鳴りを、
今は大事に感じていたい。




