Case4:
朝の支度はいつも年嵩のメイドが手伝ってくれる。装飾は控えめだけど着心地のいいワンピース。若草のような緑色がとてもきれいな一着でラヴィニアのお気に入りである。メイドはそのまま髪を結ってくれるが、その装飾はいつもお任せにしていた。今日は勇気を出して言ってみる。
「あの、今日の髪飾り、白いレースのリボンにしてくれる? 幅が広くて花の模様を刺してあるレースのリボンがあるはずなんだけど……」
「まあまあ、承知しました。すぐにお持ちしますね」
言えた。自分の要望をちゃんと言えた。
母親よりも年上だろうメイドは朗らかに笑ってラヴィニアの要望に応えてくれた。手間を増やしたのに嫌な顔は少しもしなかった。
どうして自信が持てないんだろう。
立派な両親がいて、大事にされて、誰にいじめられることなく過ごしてきたと思う。小さなころはもっと元気でおしゃべりで、いろんなことに興味があった。
ふと、幼いころの思い出が頭に過ぎる。
父親の書斎だったか、いつもと違う話し声が聞こえて興味にかられるまま覗いたことがあった。今になって思えばおそらく部下か使用人が何かミスをしたのだろう。父はそれを厳しく叱責していた。
いつもと違う雰囲気に目が離せなかった。なぜだ、どうしてだと問う父に対し、相手は沈黙し、泣きだし、そして最後は暴れだした。さいわいにも警備を担当していた使用人がラヴィニアに気付いて避難させてくれたが、父は気が立っていたのか、その警備の人にも厳しい言葉を放った。ラヴィニアのせいで怒られたのだ。
(もしかして、それがきっかけ? ……いいえ。その後にもいろいろあったわ。自分の好奇心がもとで怖いと思ったことがたくさんあった)
あの日からなんとなく書き続けている日記帳へペンを走らせる。内容はいろいろだ。その時の気分だとか、考えていることだとか、まとまりはない。文章だって長かったり短かったりで上手でもない。しかも走るというより歩くくらいのスピードだけれど、自分の心と向き合うこの時間がなんとなく好きだった。
前に日記帳をもらった時は今日あった出来事を書かなくちゃと思うだけで、今自分が何を考えているのかを書くという概念がなかった。でも今は違う。後ろ向きな考えでも書き出すとなんとなく心が軽くなる。楽しかったこと嬉しかったことを書いたら、見返すのが楽しみになった。
適当に開いたページには、トーマスとのやり取りで悲しく思った時の出来事がつづってあった。
あれからトーマスと会ってはいない。
詫びをするとは言っていたが、その詫びとやらを受け取りたくなくて連絡を控えている。向こうから手紙も未開封のまま引き出しの中にしまっていた。
次に会うときは、面と向かって文句を言う。
それだけは決めている。
何をどう伝えるか、いつ会うかはまだ全然だけれど、それでもそこだけは絶対に決めている。
ふと、あの占い師が頭に浮かんだ。
仕事の途中だっただろうに、ラヴィニアの相手をしてくれた親切な人。魔法のノートとペンをくれて、背中を押してくれた人。
(……いろいろ迷惑をかけてしまったし、お礼の品を持っていこうかしら。でもそれだとまた迷惑をかけてしまうかしら)
ううんううんと悩んでも一向に答えはでず、仕方がないので自分よりもよっぽど経験豊かな人に聞くことにした。つまるところ両親である。
「お礼をしたいと思ったらそれはすぐにするべきだ。これはお父さんも気がけていることのひとつでね」
夕食の席でさっきのことを相談すると間髪いれずにそう返ってきた。隣にいる母親もうんうんと頷いているので同意見のようだ。だとしたらもうこれは多少迷惑がられてもお礼をする一択なのかもしれない。
とは言え若干の臆病風に吹かれる。
いつがいいか、お礼の品は何にしよう。でもやっぱり迷惑かもしれない。視線を下げてあれこれ考えていると、それを見かねたように父が苦笑した。
「はは。ラヴィニアは考えすぎて動けなくなることが多そうだ。そういう人に私はね、とりあえずやってみようとアドバイスするんだ」
人間にはいろんなタイプがいて、万人に効くアドバイスなんてないそうだ。いろんな人間を束ねる父がそういうのだから間違いない。
「考えるより先に体が動くやつには、もう少し考えろと言うんだがね」
父はひげを撫でながら朗らかに笑った。
◇
「リアムさん、こんにちは」
「また見破られただと……?」
お礼がしたい一心でラヴィニアはまたリアムの元を訪れた。今回はいつもより探すのが大変だったが、無事に会えたと喜んだのも束の間。リアムのげんなりするような表情に不安になってしまった。
「ご迷惑でしたでしょうか……」
「いい、こっちのことだ」
リアムはぶっきらぼうに「入れ」と言ってさっさと背中を向けてしまう。しかし彼は数歩も進まないうちに立ち止まり、振り返っては訝しげにラヴィニアを見た。
「ラヴィニア。おまえ、まさかとは思うが魔術師団の人間か?」
一瞬なにを聞かれたのか理解できずにぽかんとしてしまった。
「い、いいえ。私なんかが、そんな」
「そうだよな。それで俺のこと知らないとかありえないし」
下を向いてぶつぶつ言うリアム。なんだかとても不服そうだ。ラヴィニアが魔術師団の人間だと都合が悪い? なにか軋轢でもあるのだろうか。
「もし団に入って才能を発揮したいんだったら……俺に言ってもいいからな」
「……?」
どうして占い師のリアムがそんなことを言うのかピンとこない。ラヴィニアは自分なりにいろいろ考えてみた。もしかして入団するにあたっての吉日を占ってくれたりするんだろうか。それとも運がよくなるラッキーアイテムを教えてくれるとか。ノートやペンみたいに魔法がかかったものをこしらえてくれるのかもしれない。その時はそれに見合った代金を用意しなければいけないけれど。
「特に予定はないので。でも、ありがとうございます」
「ふん。別に他意はないからな。おまえの才能がしおれようが埋もれようがどうでもいいんだ。ただちょっとそういう道もあるんだと示してやりたかっただけで――」
なおもぶつぶつとひとり喋るリアムを横目に、ラヴィニアは持ってきたバスケットからいくつかの袋を取り出した。
「先日からお世話になっているので、少しばかりお礼の品をもってきたのですが……甘いものはお好きでしょうか」
「あん?」
ラヴィニアの家には菓子専門の料理人がいる。両親が出かける際に手土産として持って行ったり、商談中の茶菓子にしたり出番は多い。そして雑談のネタになるよう、いろんな種類のお菓子を作るのだ。
「これはスライスしたナッツにキャラメルを混ぜてクッキー生地と一緒に焼いたものです。キャラメルのねちねちした感じとクッキーのさくさく、それにナッツの風味が楽しいんですよ」
他に持ってきたのは小さくてカラフルな飴をいくつか、そしてクラッカー。チーズやオイルサーディンと合わせれば甘いものが苦手な人でも美味しく食べてもらえると考えてのことだ。
リアムはナッツとキャラメルのクッキーをひとつ取ると鼻先に近づけ、まるで猫のようにふんふんと匂いを嗅いだ。きっとバターにキャラメルにナッツ、それに焼いた小麦粉のいい香りがするはずだ。
危険はないと判断したのか、恐る恐る口にいれたとたん、その形のいい目を丸くした。そのままもぐもぐと食べすすめ、最後にこくんと喉が波打つ。
「……うまいなこれ」
「よかったです」
今度はラヴィニアは胸を撫で下ろす番だった。
「ふーん……」
ひとつしか食べてないが視線はずっとクッキーの袋に向けられたまま。もしかしたらとっても気に入ってくれたのかもしれない。ラヴィニアがいる手前、食べるのを我慢しているのだとしたらさっさとお暇したほうがいいだろう。
「じゃあ、私はこれで」
「ちょっと待て」
言われるがままぴたりと動きを止める。
何か用事があるのだろうかと続きを待ってもリアムは特に何も言ってこない。
「リアムさん?」
「……いや。なんかあったらまた来たらいい。それだけだ」
優しい。
まるで友だちみたいだ。引っ込み思案のラヴィニアには、知り合いはいても友だちと呼べるような関係の人はいなかった。同世代からこんな気やすい言葉をかけられたのは初めてかもしれない。リアムの心遣いにラヴィニアがじんわり感動していると。
「まあもう見つけられないと思うがな」
そう言ってリアムは不敵に笑った。




