5 死んじゃいや!
こんな俺にも妹が出来た。
素直に嬉しい。
前世では一人っ子で何をするにもいつも一人だったから。
兄弟のいる世界なんて考えてもみなかったのだ。
どう接したら喜んでくれるだろう。
どう遊んでやったら笑うだろう。
疑問は増えるがワクワクが止まらなかった。
その妹シエラが俺を真っすぐ見つめてくる。
見れば見るほど可愛い。
口が何か動いているように……訴えかけているような……そんな風にも見えた。
だが、この時の俺はとにかく嬉しいが先行していた。
ただ一つ、生活している上で懸念があった。
俺がハンスとの激烈な稽古を追えて、家に帰るとシエラは決まって苦い顔をしている気がするのだ。
赤ん坊なのに表情豊かな感じはあったが、さすがに毎日同じ顔をされると気にはなるし。
それでも、寝る前に本を読んであげたりすると、途端にご機嫌になる。
そうすると、いつのまにか懸念も吹っ飛ぶのだった。
――4歳になった俺。
ハンスから課される修練は、ここにきてようやく本格的な筋力UPにつながるものになってきた。
まだ木刀すら持たせては貰えないのだが、ハンスが手本で見せる剣技は常人離れした筋肉の動き、しなやかさの賜物であり、4歳の俺から見ても美麗で一振りしてからの返しが見えないほどだった。
手首や肘の関節の細かい動きも総動員している。
決して、負担はかけない姿勢で。
こうすればスタミナを維持できると言わんばかりだ。
どうやら、ハンスは俺から盗めというスタイルにも思えた。
俺はもうこの頃からは、魔法の才能がない絶望感も既に忘れ、新しい家族シエラが出来た喜び、守らなければならない使命感、そこから湧き上がる本物の強さへの憧れに満ちていた。
毎日が充実していた。
朝はマリアンが美味しい、健康的な緑黄色野菜たっぷりのメニューを日替わりで、そして新鮮な牛乳を食卓にあげてくれた。
夕方、修練から帰ると、真っ先にシエラの元へ向かった。
とにかく1日中見ていても飽きないその煌びやかな容姿。
「ユーベル、お前自分よりシエラが大事みたいだな。俺の過酷な修練でボロボロなのにシエラと遊ぶ時間は決して減らしてない。わが息子ながら俺としても頭が下がる思いだ」
「父さん、大げさだよ。とにかくそのぐらい可愛いんだ。シエラが」
「うふふ。ユーベルったら、これじゃあお母さんの出番もなくなっちゃうわね」
シエラの世話は出来る限り俺が買って出ていた。
どうしてだろう。
ただの兄弟愛なのか。
それともシエラの魅力なのか。
どんなにつらいことがあったとしてもこの可愛い笑顔が見れるのなら頑張れる気がした。
――そして、俺はハンスに師事して3年がたった。
俺が6歳、シエラが2歳になっていた。
「ユーベル、そろそろいいだろう。木刀を持って振ってみろ」
まる3年いっさい剣は持たずひたすら身体を鍛え上げた。
自分にどう変化が訪れたのか。
100mは全速力で走っても息切れがしない。
スタートの瞬発力も各段にいいようだ。
ここは農園の草むしりや、害虫駆除で動き回った恩恵で足腰の強さが異常に底上げされていた。
そして、毎日見ていたハンスの剣技。
当初、全く見えなかった剣の振りも、かなりの割合で見極められるようになった。
ただそれでも俺が完璧に見切ったと思って、4振りしたと答えても実際は6振りしていたりするわけだが。
それでも6歳にしてこれならば、上出来だと褒められた。
木刀を持ってみた。
樫の木を削りだした粗末なものだ。
全く重さは感じず、どう構えればいいのか、どう振ったら効率がいいのか、手に取るように分かる。
初めて持ったのに。
そして、上段構えから袈裟に振ってみる、全く空気の抵抗を感じない、しっかり空気抵抗を減らす角度が自然に認識できている証拠だ。
そして唸るように自然に出る切り返し。
6歳にして周囲を巻き込むような風圧が発生した。
「……俺の想定以上だな」
「そうなの? ちょっと嬉しいや」
「じゃあ、明日からは俺が直々に稽古をつけてやる」
俺は有頂天になった。
やっとちゃんとした稽古が出来るんだ!
だが、実は本格的な地獄はこれからだった。
――翌日。
朝、外に出るとハンスが構えて待っていた。
久しぶりに全集中するから、準備が必要だとのことだった。
そしてこの準備というのは、どう手加減すれば俺を死なせないか。
そういう準備だったらしい。
「それじゃあ、ユーベル全力で俺に挑んで来い。一本とれるまでだ。俺は5秒に1度だけ軽く反撃する事にする。いいか5秒だぞ」
「うん、分かった」
俺はしっかり腰を落とし、霞の構えをとった。
これは、顔の横で腕を交差させ剣を横倒しに持ち、刃を上にした構えだ。
ハンスが得意にしていると思われる切り返しがしやすいのだ。
軸足に体重を乗せてハンスの懐へ。
出来る限りの速さで切りかかったのだが、あっさりいなされた。
おそらくハンスは木刀なしでも素手で受け止められるかもしれない。
切り返しも空振り。
更に裏からのすり上げも全てかわされた。
俺が狼狽している間に5秒がたつ。
警戒はしていた。
していたはずなのに、ハンスが放ったのは見え見えの横なぎ。
風圧だけで相当なプレッシャーだ。
ぎりぎりで木刀を出し何とか防いだのだが、豪快に吹っ飛ばされてしまった。
「おお。受け身までしっかり取れるとはね。じゃあ次はもう少し……」
夕方になる頃には、俺は疲労困憊で擦り傷だらけでボロボロだった。
「なかなかいい面構えになったじゃないか」
「……まだまだ、これ……から」
だが、どうやらここで俺は倒れて意識を失ったらしい。
数時間は寝ていただろうか。
……目が覚めたら寝室だった。
いてて……今になっていろいろなところが痛んできた。
やっぱりハンスのプレッシャーは半端ない。
「……?」
誰かが手を握っている?
とても小さな手だ。
両親ではない。
痛む首を動かし、手の主を探した。
そこにはシエラの泣き顔があった。
「……西野隼人さん。やっと会えたのに死んじゃいや!」




