販促と道楽の境界
何がとは言いませんが大変でした。
その後、レパートリーの整備と習熟はゆっくりとしたペースで進められた。メンバーは幸い東京本社勤務者の中から集めることができた──秘書課や警備課からは出てこないと思われたギターやサックスも、航空技術本部に心得のある者がいてどうにかなった──のだが、楽譜を整備する大沼も含めて本件に割ける時間は限られていたし、そもそも音楽用品事業自体が主力の航空機事業や材料事業よりはるかに小規模だったため、気合を入れて対応する必要性がなかったのである。
「本日はお集まりいただきまして、誠にありがとうございます」
そしてついに、このたび初公演と相成ったわけだ。指揮者の辻順治が聴衆に一礼する。場所は東京音楽学校奏楽堂。聴衆は少数の学生と数人の作曲家や演奏家で、入場料は1銭──一応真剣に聞いてもらいたいため、広告宣伝ではあるがはした金を取ることにした──だった。
「我々帝国人繊幻樂団は、帝国人造繊維製音楽用品の実演宣伝のために結成された小規模楽団です。帝国人造繊維のリードやマウスピース、弦などを使用した楽器で演奏を行います」
具体的には、ピアノはハンマー、トランペットはマウスピース、ソプラノサックスはマウスピースとリード、ヴァイオリンとアコースティックベースは弦、ドラムはドラムヘッドが帝国人繊製の材料で作られている。
「では早速、その実力をお聴きいただきましょう。一曲目は『死妖姫のための七重奏』です。どうぞ」
まばらな拍手とともに順治が楽団の方を向くと、出番が早いピアノ、トランペット、ドラムが楽器を構えた。
指揮棒が振られ、演奏が始まる。
ピアノが夕方のような哀愁漂う前奏を奏ではじめると、続いてウッドブロックでドラムが参入した。
Aメロに入ると、威厳の中に悲しみが織り込まれたメインメロディをトランペットがビブラートマシマシで歌い上げる。ピアノは伴奏側に回り、ドラムはスネアやシンバルをたたき始めた。
(なんだこの音楽は)
(今まで聞いてきたクラシックや行進曲とは全然違う……)
この時代には明らかにそぐわないゲーム音楽の音色に、学生たちは戸惑いながら引き込まれていく。Bメロからひっそりとベースが入り始め、旋律はAメロから一転して幼女っぽい無邪気さを表現し、サビへ向けて雰囲気を高めていった。
(あのピアノの女の人見ろよ、あんなに髪を振り乱して弾くやつそうそう居ないぜ)
一拍おいてサビ。メインメロディには新たにバイオリンが加わり、永遠を生きる幼女の生きざまを聴衆に見せつける。ピアノはいったんログアウトし、代わってベースが本格的に伴奏を担った。
(……これでもかってくらい感情的な曲だ)
(ここまでくると品がないんじゃないか?)
感情を直接ぶつけてくる音使いに、学生はもちろん、プロたちでさえ面食らう。サビが1ループすると、トランペットとベースが退場し、狂おしく踊るようなピアノの旋律がメインメロディの上に覆いかぶさった。
(1回聞いただけで、死妖姫というお姫様がどんな人物なのか伝わってくる……)
このまま原作通り弾いてしまうと無限にループする──ゲームのBGMなのだから当然だ──ので、サビの後にそれっぽくアレンジしたAメロをくっつけてフィニッシュした。
一瞬の静寂の後、聴衆からは拍手が送られる。スタンディングオベーションをするもの、なんだか納得のいってなさそうな表情のもの、人によって大きく反応が分かれた。
(あぁ~すっごい、ここまで頑張ってきたかいがあったわ……)
そんななか、肩で息をしながら、ピアノの前に座る耀子は21世紀の青春の思い出に浸っていた。
なんといってもすべてのパートが生音なのである。自分が担当するピアノはもちろん、強烈な存在感を放つトランペット、春風のように華やかなソプラノサックス、優雅に響き渡るバイオリン、テンションを上げてくれるドラムセット、メロディの海を滑らかに泳ぎ回るアコースティックベース……現在は電気楽器の黎明期であるため、ノコギリ波のような電子音が使えなかったり、ギター型のベースが存在しないので既存のギターに太い弦を張って無理やり──音量は悲惨なことになるので、マイクで拾って増幅する必要があった──音を再現したりといった苦労はあったが、それ以上の見返りを得られたと耀子は感じている。
「ありがとうございました。私はともかく、奏者はみな帝国人造繊維での本業があり、専門的な音楽教育を受けてきたわけではございません。いわば素人なわけですが、この通り素晴らしい音色をお聞かせできたかと思います」
一曲を指揮し終えた順治が客の方を向いて語りかけた。
「帝国人造繊維の音楽用品の良さは、その扱いやすさでしょう。ガットや葦のように気温や湿度に影響されることはなく、耐久性も抜群で、武人の蛮用にもよく耐えます。しかし、先ほどお聞きいただいた通り、音色で天然素材に劣るかといえばそんなことはなく、十分に聞ける音が出せるのです」
この辺りは、選曲によってごまかしている部分もあると言えばある。樹脂製の発音体は全体的に明るめの音が出やすいので、ゲーム音楽のようなポップな曲と組み合わせるといい感じに聞こえるのだ。
もし帝国人繊幻樂団が定石通り何かしらのクラシックを演奏していた場合、耳のいい聴衆の中にはミスマッチを感じる者もいたかもしれない。
「それでは、せっかく来ていただいた皆さんのために、二曲目を演奏しましょうか。『最後の一人は誰だったのか』です。どうぞ」
そういって順治は楽団の方を向き、指揮棒を振り上げた。
実は、テルミンやエレキギターのような電気楽器が勃興したのがこのころである。日本楽器製造でもマイクで音を増幅するリードオルガン「マグナオルガン」を開発し、その宣伝を帝国人繊幻樂団に委託した。
逆に、帝国人繊側もエレキベースや電子オルガンの開発を依頼するなど、日本の音楽事情もまた、耀子による歴史介入を受けるようになるのだった。
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