迂闊
俺のマンションから彼らの高校までは比較的すんなり来ることができた。
道中まばらにゾンビが居た程度で鹿田達の力を見るのに適した相手ばかりだった。というより、双眼鏡を覗きながらどれも特徴が分かりやすいディテクションタイプだと告げたら、間髪入れずに襲いかかって行っただけとも言う……。
鹿田はともかくおとなしそうな馬場までいきり立って立ち向かうとは思わなかった。刃物を持つと性格が変わるタイプか?
「ふぅ、ようやく半分てところか。ちょっと休憩にしよう」
「中々しんどいわね……」
「普段、重い荷物背負いながらこんなに神経使いませんからね……」
「僕と鹿田で見張っておきます!」
「え、俺もかよ?」
「助かるよ馬場、鹿田」
ちょうど休めるような広場を見つけ腰を降ろす。ここならいざという時逃げ場も豊富にあるし、入り口と出口は彼らに任せれば危険を察知してくれるだろう。
「人が本当に居ないのね。静かでなんだか不思議」
「そうか、雫はあんまり外の世界を見ていなかったな」
「もう他の人はこの辺に居ないんですかね?」
「どうだろう……隠れっぱなしで食糧があれば居るかもしれない」
俺がもしこの状況で準備が何も出来ていなかったら、住宅街より山中に逃げ込むか他県の海沿いを渡り歩いて、ホテルでも転々としていたかもな。
ここで助けを待ってても餌になるだけだしさ。
「師匠! あっちから声がします!」
「声?」
場に緊張感が走る。急いで皆荷物をまとめその方向へ歩き出す。
隊列は前に鹿田達が二人、真ん中に雫達が二人、最後尾に俺という形で、後方確認を兼ねて進んでいく。
「馬場、声の感じは? 奴らじゃないのか?」
「いえ、人間が何か喋っていたような気がします」
「トラブルになりそうな予感しかしないな」
「どうします?」
「避けて通りたいが、俺達の通り道と一緒だ。それにどこから聞こえたのかが掴めん」
なんだろう、えも言われぬ違和感が襲う。白昼堂々と外に聞こえる声量で喋るか普通……?
「助けてくれー!」
「!! 師匠聞こえました!? 僕が確かめてきます!」
「あ、待て馬場!」
俺の静止も聞かず一人で飛び出す馬場。鹿田も直ぐ様追いかけ残された俺達も後を追う。
突き当たりの丁字路を左に曲がると馬場と鹿田が立ち止まっていた。
「なんだよこいつら……」
「おい、どうした何が――」
「助けてくれー」
「逃げろー」
「来るなー」
そこには緊迫感が全く見られない表情で、ただひたすら喋る人達が居た。声量的に叫んでいそうだけど実物は叫んでいない、視点もどこか変だ。
俺達に気付くとそいつら三人はゆっくりと近付いてくる。しかも、同じ言葉を繰り返しながらだ。
「馬場! 離れろ!」
「でも師匠、この人達――うわぁっ!」
そいつらは馬場にしがみつくと押し倒し、腕と足に――かじりついた。
「ぎゃあああ!!」
「馬場ァ!!」
「くそっこいつらゾンビだ! 引き離すぞ!」
鹿田が木刀で一番近いやつを振り抜き、俺が蹴飛ばしたやつを足で踏みネイルガンで頭を撃ち処理をする。
残り一体は雫達の刺又で地面に押さえ付け、身動きを取らせない。そのままの姿勢でも依然として叫んでいる。鹿田が頭を滅多打ちにしてトドメをさす。
「馬場! おいしっかりしろ!」
「うぅぅ……痛いよぉ……」
駆け寄ると両腕の二の腕がえぐれ、右足のふくらはぎも半分くらい無くなっている。
「師匠……すみませんでした、楽にしてください」
「馬鹿野郎! 何諦めてんだよ!」
「馬場……でも勇真さん噛み付かれた人はいずれ奴らの仲間に――」
「そんなことは分かってる!」
止血をしながら何か策はないか模索する。痛みに堪えているが見るからに辛そうだ。
雫達は絶句しながら極力傷痕を見ないよう目を伏せている。
「そうだ馬場! お前の血液型は!?」
「え……Bです、けど……」
「よしBだな!? まだ望みはあるぞ鹿田、俺のリュックとネイルガンを頼む」
「あ、あぁ……分かった」
馬場を背負いマチェットだけ握りしめ察してくれた鹿田に先頭を任せ、来た道を戻るため急いでその場を離れる。
馬場は最低でも三日は変異しないから、背中からガブリなんて展開にはならない……はずだ。
「勇真さん! ダメだこっちはゾンビ共が近付いてきやがる」
「くっ、ならさっきと反対の道へ――」
「勇真! こっちも無理!」
「さっきのゾンビ共の奇声で集まってきやがったか! ならこのまま空港方面へ行こう!」
幸い、こっちの通路はさっきの三体以外にまだ何も来ていない。今は一刻も早く隠れられる場所を見つけて、馬場にアルコールを摂取させないと……。
ウイルスが経口摂取ではないため不安だがやるしかない。
それにしてもさっきの見たことないゾンビは一体なんなんだ……?